爺ちゃんさん

画像;木々

人が生きていくことは毎日が選択の連続です。大きな選択に迫られた時それは人生の分岐点なのかも知れません。


私が神伝の法の存在を知り契山館の先生の言葉と生き方に感銘を受けた時、本物の指導者に巡り会うことが出来たと確信しました。私にとって最大の人生の分岐点でした。


入会して十数年が過ぎ今日まで信じる気持ちを裏切られることはありませんでした。

心から感謝申し上げます。

ありがとうございました。

ちりこさん

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数年前、私は精神的に不安定で、生きる気力をなくしていました。その頃、よく金縛りになったりして、怖い思いもしていました。

ある日友達とネットカフェに行った時、ふと、死後の世界について調べてみようと思い、パソコンで「死後の世界」を検索しました。 その時、「ネット上に本当の事なんて書いてあるのだろうか?どこか本当の事が書いてあるホームページないかなぁ」と思ったのを覚えています。
そして契山館の会員の方のホームページを開きました。

衝撃でした。真面目に死後の事を考えている人達がいる!と思い、それから、関連ホームページを隅々まで読んで、入会したい気持ちはどんどん大きくなっていきました。

もちろん不信感がまったくなかったわけではありません。宗教団体は嫌いだし、その頃はお金もあまりなかったので、入会したいけど、いろいろ考えて、なかなか一歩を踏み出せずにいました。

数ヶ月後、会員の方のブログを見つけました。その方は毎日ブログを更新されていました。
熱心な方がおられるんだなぁと思い、ブログにメッセージを書いてみました。それから数回メッセージをやりとりして、よろしければ集会の見学に来ませんかと誘っていただき、見学に行く事になりました。

支部集会と霊的集会を見学し、入会したい気持ちは強くなりました。
あとは、入会できるように環境を整えるだけ。

しかし、その環境を整えるのがまた大変です。周りの人に反対されるし、集会に行くには仕事の休みも調整しなきゃいけなきし、とかグダグダ悩んで、見学から半年後に、やっと入会手続きをしました。

(今、入会しなければ、一生後悔する。早く入会しないとヤバイ。守護霊様にも見捨てられる。守護霊様、どうか、私に一歩踏み出す勇気をください!)

そうして、なんとか環境を整え、無事に入会する事ができました。

野道さん

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小さい頃からあまり信仰に縁がなく、大人になる頃には、科学で証明できない以上、神様はいないと、すっかり無神論者になっていました。もし神様がいないとしたら、この世に絶対的なものは何もなく、正義も、善行も、人の営みのすべてが自己満足に過ぎないのではと思えてなりませんでした。
 にわかに人生が空しく見えてきました。

そんな空しさをほんの一時忘れるために、つかの間の楽しさを追い求める人生に一体何の意味があるのかと、悩みました。その悩みは、自分の寂しい考え方が招いているとは知りつつも、空しい人生の日々から脱することができずにいました。この空しさは後に、自分の過去世からの潜在している心理であることを知りましたが、心の奥底では、人生の確かな意味を、儚く消えてなくならない永遠の何かを求めていたように思います。

 

 ある日、インターネットで調べ物をしていた所、神様の実在を前提とした、いわゆる精神世界と呼ばれる考え方があることを知り、暗く閉ざされていた世界の扉が開かれるような感動を覚えました。それから無我夢中で寝るのも忘れて、インターネットの中の今まで知らなかった新しい世界を旅しました。そこで契山館のサイトも知りました。そして、この世界は無意味ではなく、神から生まれ神へと還る万物の進化のためにあることを信じるようになりました。人生に一筋の光が見えたような大きな浄福がありました。部屋には朝日が差し込んでいました。

 その日から霊的世界の勉強が始まりました。しかし安堵したのもつかの間、今度は終末論なるものがあることを知りました。そう遠くない未来に終末が訪れ、人は自らのカルマの清算として審判される、という考え方があることを知りました。とたんに今度はうろたえ慌てました。自分の人生を振り返ったとき、とても天国に入ることができるとは思えなかったからです。終末までの残り少ない時間に、何かをしなければならない!と思ってはみたものの、精神世界の説くように、ただ善行をしてみても、不安は一向におさまりません。これはもう、正しい指導者のもとで修行をするしかない!

 それから、いくつかの団体を見学しに行きました。しかし、主張に矛盾を感じたり、見学に行っても担当者に会えなかったりと、どれも失敗に終わりました。そんな折、少しずつ手に入れて読み進めていた師の著書に、人は神伝の法を行ずることによって、終末を恐れないで生きる道がある、との言葉がありました。その確信に満ちた揺るぎのない言葉に、理性は納得し、心は岩清水が流れるように潤いました。それは今まで読んだことのない不思議な魅力を持った書物でした。いつしか不安も和らいでいました。

 数ヵ月後、東京で行われた霊的集会を見学しました。初めての見学であることと、ここを見学して満足しなかったら…、と少しの不安はありましたが、師の本物の迫力と、霊言の内容に感動し、その場で入会案内書をいただいて、その日のうちに入会しました。もっと早くに入会していたらと思いましたが、何につけてもとかく頭で考えてしまって及び腰な自分を納得させるために、守護霊指導霊は相当苦心なさったことを思うと、恥じ入る思いがします。あれこれ逡巡しつつも、それでも何とか最後に契山館にたどり着いて、そして勇気を出して飛び込んで本当によかったと思います。


 これをお読みの方の中には、悩みや苦しみに今にも押しつぶされそうになっている人、また今とても幸せで人生に何の問題もないという人も、いろんな方がいらっしゃるかと思います。それでも、どんな人であっても、次の問いについて考えてみてほしいのです。

 もし神様がいるとしたら、人は人生において何をすべきなのでしょう。
 そして、神様がすでにその道を地上に示していたとしたら…。

ひまわりさん

画像;木々

学生時代から、霊的な分野に興味はありましたが、 宗教団体=洗脳されて怖いところ、というイメージしかありませんでした。

 結局、契山館に出会うまでは宗教には縁がなく、占いの本を読む事はあっても、 宗教的な本を手にとって読むことも気が引けました。友人に話しても、「そんなこと、死んでから分かればいいんじゃない?」と そっけなく言われてしまい、それ以来、人前でその手の話はしなくなりました。

 それでも、社会人になり、インターネットをやるようになってから、その分野を よく検索するようになりました。
初めてホームページを読み、合宿代などにお金がけっこうかかることを 見て、本当に安全な団体なの?と思いました。
 また、よそのサイトを見たりもしていましたが、 結局、縁がないというか、合わないというか、 最後には、契山館のサイトに戻ってくる、という状態でした。

 とにかく、霊的な分野に関心があったのは確かなので、 とりあえず様子を見ようと、一般会員で入会し、すぐには修行会員になりませんでした。
 危ないと思ったら、すぐやめようと思っていました。

 入会してからは、毎月送られてくる会報やサイトを読みました。
 文章自体は読みやすかったのですが、一般的なこととは異なる部分もあって、 理解できないこともよくありました。
 また、正直、集会に参加するのも合宿に参加するのも遠いし、 近くに会員がいるわけじゃなし、家族の理解はないし、 会報を読むのがせいぜいで、実際に何かに参加するなんて一生無理だろうと 思っていました。

 でも、掲示板で他の人達の書き込みを見ているうちに、 自分だけ置いていかれそうで、何とかしないと、という気持ちになっていき、 一般会員として入会してから半年後、修行会員になりました。
 その後、集会や合宿に参加できるようになったのは、自分がやる気になっただけでなく、 タイミング良くことが運び、参加可能な環境が整ったことが大きいのですが、 これは今振り返っても、不思議なことだと思っています。

 その後は、少しずつ家族にも話し始め、 理解を得るまでには、それなりに時間もかかりましたが、 今では家族も会員です。
 家の中で、自然に霊的な話題を出せるようになったのが、 我が家の大きな変化です。

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