Pick up vol.1

じみれい~地味に霊的なことを考える

修行会員、石枩さん のブログです。

日常の霊的なつぶやきから創作童話、宗教にまつわる逸話、作者直筆の画像、霊魂学カルタと、多種多様な方面から霊魂学を紹介しています。

その中のほんの一部をピックアップ

◆霊魂学カルタ◆

 

サイトの進行役(?)「でしまるくん」が覚えた霊魂学を紹介するカルタになっています。

 

実際カルタにして遊んでみたら・・・と想像すると、ちょっとシュールで面白い。

傍から見たら「なにやら凄いこと言ってるけど、へええ、そうなんだ」と興味をそそられるかも?!

 

・サイト主、石枩さんから霊魂学カルタを思いついた経緯をお聞きしました。

『霊的カルタ(未完)(^^;;; その経緯、「い」「ろ」がもともと浮かんでいて、続くんじゃないかと思い作りました。続いていないです。(^^;;;

日本の文章表現では、ことわざや、川柳など短い語句のリズミカルな言い回しが、心地よく決まると言葉を噛みしめてくれるのではないかと思い、始めました。未完です。頑張ります。』

◆創作童話◆

 

(創作童話−もしもの世界) ※この話はフィクションです

そこはある南の島。

 

どこからかやってきた

多くの人間が生活していた。

 

しかし、不思議なことに

この島に到着すると

過去についての記憶が

曖昧になっていくとのことである。

 

そうなると、島で暮らす人々はやがて

自分がどうしてこの島で暮らしているのか

わからなくなってしまうのだという・・・

 

以下は、 この島で生活している ある二人の会話である・・・

____

続きはサイトにて・・・

南の島(もしもの世界)より抜粋

他にも多数の創作童話があり、読み応えがあります。

 

『象徴的な意味合いで遊ぶことがもともと好きなので、なんとなくはじめてみました。

霊魂学的な意味合いが上手く出ているかどうかは、まるで自信がありません。たぶん失敗しています。

個人的には、日本神話の謎めいた物語や旧約聖書の説明困難な話に興味があり、

また昔話の勧善懲悪な結末に疑問を持っていたこともあり、

「悪者」は悪者ではないのかもとの思いも原動力でした。

 

個人的に気に入った話がいくつかありますが、上手くできた実感はありません。

「教え魔」霊魂は人間好き… これはまあまあ書けたかな、とは思いました。

思っただけですが。』

◆親友への手紙

____

君からの連絡をきいて、電話で返答しようかとも思ったけれども 少し、筋道立てて伝えた方が親切かと思い、こうして手紙の形式で 返事をすることにした。

 

ところで、君は元気だろうか。

 

何やら、君をめぐる状況がかんばしくないという話は小耳にはさんでいる。 君があちこちに「祈祷」のお願いをして回っているのではないかとの 噂まで聞くくらいだ。

 

あとで、機会があれば説明するとして、 祈祷のお願いまわりや、「幸福」関連のグッズを求めることは ますます状況を悪化させるので、むしろすすめない。

それについては、今は「すすめない」とだけ書いておく。

 

ちなみにこれは、僕の考えだ。

それについては、君の自由意志であり、

君の自由意志の結果の自分の責任でもあるので

君が自分で決めるしかない。

 

さて、 本題に戻ることにする。

以前に受けていた質問についての返事を書く。

 

「霊的修行は必要かどうか」

 

だったね。

 

これは、僕の考えなんだが、

 

「昔はそうでもなかったが

現在においては必要である」

 

これが、その返事だ。

 

すこし、説明してみよう。

霊的な修行というのは、ごく簡単に言うと

 

・霊的に良い気をうける

・霊的な身体を整える

 

という働きが期待できる。

 

昔は、純粋で力強い信仰があったことと

霊的に目印になりやすいアンテナがあったことで

特別な修行を経なくても

霊的に良い気を受けることができたのだと

自分は習った。

 

ところが、現在においては

力強い信仰はなく、御利益祈願ばかりとなり、

また、

霊的な目印も、

宗教施設が観光地化した所為で

多くの観光客の気や念にさらされて弱体化したらしい。

 

となれば、 昔のようにはいかないのだという。

 

したがって、 現在において

霊的に良い気を受けようとか

霊的な身体を整えようとか思うのであれば、

 

霊的修行が必要にならざるを得ない。

 

パワースポット?

 

ああ、あれは、多分マチガイの始まりだよ。

だって、パワースポットと聞いて出かけた人間は

ほとんどが

「楽して、エネルギーをもらいたい」

という想念で近づくだろう。

 

もし、それが

本当のパワースポットだったとしても

観光地化した宗教施設と同様に

多くの訪問客の気や念にさらされて

弱体化する一途だと思うよ。

 

ということから

現在においては

霊的修行が必要にならざるを得ない。

 

ああ、そういえば、

こんな質問もあったね。

 

「特別な修行をしなくても、

こころが正しい状態にあれば

霊的によい状態になるのではないか」

 

だったっけ?

 

これについては、残念なんだが・・・

 

こころをいくら正しく持っても

そのことと霊的なことはイコールではない

のだということらしい。

 

つまり

肯定的な想いを持っても

感謝や愛の気持ちを持っても

そのこととが、霊的に良いとは限らない

ということになる。

 

霊的と言うからには

霊的な気や霊的な身体にかかわることでなければ

そう呼べない。

 

人間にとって「こころ」は重要であるが

「こころ」と霊的なことは直接イコールではないという。

 

ここを勘違いすると

 

「こころのありかたで霊的な状態が決まる」

 

という霊的にはピントのズレたことがらを

実践するというまわり道になりかねない。

 

そう、

こころの状態が霊的な状態と呼応するというのは

わりと自然にみんな思っていることらしいが

 

それならば、

こころと霊的な存在がどういう関係にあるのかという

追求をしたり、

人間は霊的にどういう構成なのかということを追求したりして

その後に、

「どういう生活やあり方がいいか」

「どういう霊的修行がよいか」

などを明示するといい。

 

これを追求していくと

「霊魂学」というものになるのだと

自分は習っている。

 

では、今回はこんな感じで終わりにする。

 

何か相談や質問があれば

言ってくれ。

返事を待っている。

 

では・・・

 

親友への手紙(草案)…その1「霊的修行は必要か」より抜粋

公開日: 2009年2月17日火曜日 「霊的修行」 手紙

 

 

・親友への手紙は本当に出したんですか?

『三人くらいに霊的修行についての説明してうまくできなかった反省で、作ったものです。 いざ説明してみると「うまくできない」ので練習としてチャレンジしました。(^^;;;』

◆サイト主へのインタビュー

・他宗教への造詣も深い石枩さんですが、他宗教と当会の違いを聞いてみました。

 

『霊的な話はいろいろ流行り廃りがあるようですが、読み進めて行くと、結局同じような霊的な知識の元ネタにたどり着いてしまうようです。

 

以前は、それが「真実」だから結局同じような話になるんだろうと思っていたのですが…

どうもそうではなく、霊的な現象やしくみを説明出来る説があまりなく、体験された皆さんが結果として同じ知識の使い回しになってしまうのだと思い至りました。

体験者は自分の体験は語れるのですが、どうしてそうなのかをそれぞれ説明出来る説を探しているようでしたので

 

ところが、霊魂学の著作には他の方々が使っているような説の引用がなく、独自に説明されていて矛盾もなく、おどろいてしまうのでした。

 

個人的に大きなインパクトは、「霊を見た見ないの心霊現象の霊魂学的な解説」と「自分と過去世と霊的カルマ」「霊的能力のしくみ」でした。』

 

 


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