霊魂学カフェテリア Vol. 31 - December 2017

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  霊魂学カフェテリア
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   December 2017

人間ってほんとは何なの?
私たちの正体って何?
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霊魂学カフェテリアへようこそ!

霊魂学の耳より情報を、
新しい風に乗せて、お届けします!

♪ほんの少しの時間、
ひと休みしていってくださいね♪

 

【目 次】
(1)ごあいさつ
(2)霊魂学を読もう!
(3)霊魂学 de オフロード
(4)Q&A 聞いてみよう
(5)スピリチャット
(6)もっと探索-ご案内
(7)あとがき

 

■■  ごあいさつ

「斧入れて
香におどろくや
冬木立」 
-与謝蕪村

皆さまいかがお過ごしでしょうか。

冬といえば寒い、何やら厳しさとか忍耐といった形容が付き物といった季節です。が、見回せば街はクリスマスに光り、年の瀬に騒ぎ立ち、新年に向けて逸(はや)り出す。現代の日本の冬は、それほど厳しいばかりでもないのかもしれません。

モノクロにひっそりと立つ枯れ木も実は、その内に、再び芽を出す生命力をみなぎらせている。いずれ訪れる春に間に合うように、しっかりと根を張り、着実に栄養を取り込み、気持ちを上に向けていたいものです。

 

■■  霊魂学を読もう! 

「霊魂からの伝言」
水波一郎著
アマゾンオンデマンド
ペーパーバック 160頁
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霊魂学書籍の整理をしていた時、ふとこの本を手に取りページをめくった。あちこちに印がつけられている。すごい!と感じた箇所に思わずつけていたのだが、ぱらぱらめくると印だらけで、これじゃ印の意味がない...という状態になっていた。その通りなのだ。この本は立て続けに攻めて来る。

「霊的な生き方というのは、宗教の戒律のように難しいことを考える前に、まず、霊的なものの悪影響で不幸にならないように、それを、考えて生きれば良いのである。それが出来たら、次は、人間として、霊的な生命として、より良い生き方は何なのか、そうした方向に、考えを進めていけば良いのである。(本文より)」

剛速球・ど真ん中のストライク! という本です。

◇霊魂学シリーズ、アマゾンにて好評発売中!
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※ 読後感想文、コメント大歓迎!
より多くの方に霊魂学を知って頂きたい、著書をお薦めしたいと思われる方は、是非、アマゾンのカスタマーレビューに投稿してみてください。

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著書紹介ページにあるカスタマーレビューから、「レビューを書く」を選んでください。
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■■  霊魂学deオフロード 

このコーナーでは、長年霊魂学を学び、霊的トレーニングを実習されているタニグクさんに、霊的なことに関する様々なトピックについてお話して頂いています。

タニグクさん独自のアプローチと見解は、時に霊魂学の枠を飛び越え、オフロードに乗り出す面白さ。今回も、とっておきのお話をお届けします。
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「日本昔話」

桃太郎に代表されるよう、日本の昔話には「お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に…」という表現が良く見られます。

偉い学者さんによると、「山へ柴刈り」はその柴を水界(龍宮)へとつながる洞窟や淵へ捧げる為、そして「川へ洗濯」は禊を意味しているそうです。

このことは水波霊魂学的立場から見ても興味深く感じます。

『龍 霊魂の世界から舞い降りた霊力』にも書かれているように、龍は人間にとって指導的立場にあり、神伝の法にも深く関わられているからなのです。

霊的な視点から見れば、お婆さんが川で禊をして桃太郎が誕生するのは、イザナギが禊をして三貴神を生み出したように、神伝禊法の実習により高貴な霊的身体を得ることを表現しているのでしょう。

もし、そうであるなら桃太郎に退治された鬼達から手に入れた宝は、スサノオに退治されたヤマタノオロチの尾から手に入れた神剣である可能性が出てきます。

鬼、ヤマタノオロチ、神剣…

それらは一体何を意味しているのでしょうか。

…答えは神伝の法の中にあるはずですので、真実を探求されたい方はぜひ実習して頂きたいと思います。

神伝の法を実習するにあたり、まず己の未熟さを自覚することが大前提となるのですが、そもそも霊的生命体であることすら認めない現代人達…

現状では、先の大戦で桃太郎が戦意高揚の為に利用されたことしか学んでいないようです。これでは、個々の霊的カルマの集積である国全体の霊的カルマにより、再び同じことを繰り返す可能性もあるように思えます。

童謡「桃太郎」の四番、五番を地で行く世界を作り上げてしまった人間達。まさかとは思いますが、神剣を手にした達人に退治される側にならないことを祈りたいものです。

 

 - by タニグク

 

■■  霊魂学Q&A 聞いてみよう!

「救世主は世界を救えるのか」

Q: 救世主が世界を救うという人達がいますが、高級霊魂はどう言っているのでしょうか。

A: ズバリ言いますと、救世主が世界中の人々を救えることはないそうです。

地上は人類が自由に生きています。

その自由を行使して戦争をしたり、環境を壊したりしています。

それに対して高級霊魂はどうすることもできません。

たとえば、いくら、隣人への愛を勧めても人がそれを聞き入れてくれるわけではありません。

救世主であれ、神であれ、高級霊魂であれ、人類に対してメッセージを送ったり、指導したり、教化したりすることはできますが、嫌がる人達を無理やり誘導することはできないのです。

つまり、どう生きようと人類の自由なのです。

そのため、人類の大多数が救世主を求め、救いを求めるのであれば別でしょうが、そうでなければ、人類の自由に誰も干渉することはできないのです。

ですから、仮に地上に救世主と呼ぶに相応しい高貴な魂が生を受け、活動を始めたとしても、人類がそれを求めず、拒絶すれば何の意味もないのです。

未来は確定していません。将来どうなるのかは誰にも分かりません。

ですが、たとえ救世主が現れたとしても、あるいは、そうでなかったとしても、大切なのは、人々が物的ではない人生に目覚め、霊的に生きることなのです。

そうでなければ、救世主がどこかにいたとしても、霊的に関心のない人はその存在に気付くことができません。

つまり、霊的な事に関心のない人達ばかりですと、救世主は、世の大多数の人達には無関係な人物となり、歴史に顔を出すこともありませんので、人々が知ることにはならないのです。

また、救世主がどこに現われようと、何の努力もしない人がすぐに救われるわけがありません。

やはり、自分で努力するための手段を教えてくださると思えます。

ですから、大切なことは、救世主に頼ることではなく、むしろ、少しでも霊的な進歩を得て、救世主の手助けをできるようになることだと思えます。

学校の勉強で言えば、画期的な勉強法を教えてくださるということなのであって、勉強していない人を合格させてくださるということではないのです。

合格することが目的なのであれば、やはり、自分が勉強することが基本なのではないでしょうか。

高級霊魂のお一人がこんな事をおっしゃいました。

「救世主が現れるか否かを論ずるのではなく、救世主が必要ならば現れやすいように、あるいは、活動しやすいように、それぞれが行動することが大事である」

「誰かに救ってもらうよりも、救ってあげたい、そうした心を持つ人達が増えなければ、どんな救世主も神人も、人を救うことなどできないのである」

「救世主が誰であるかを議論するよりも、真の救いを人類にもたらすために自分達が行動しているのかどうか、が問題なのである」

「人に過去世からの霊的なカルマがある限り、それを乗り越える努力をなくして、人類が救われることはないのである」

「救世主が奇跡を起こして世界中の貧乏人にお金を与えたり、病気を治したとしても、実は、人類は救われてはいないのである」

「なぜなら、霊的なカルマが消えていないからである」

「各人がこの世に生まれてやらねばならないテーマや乗り越えるべき壁があるのならば、それはお金持ちになったり、健康になったりしても、解決しない問題なのである」

「生活や健康を考えるのは政治家や医者の仕事であり、救世主は霊的なカルマという重荷を背負った人間に対して、それを乗り越える指導をしなければならないのである」

「そして、真に霊的な人生について語るべきなのである」

「救世主が現れようと現れまいと、いや、すでにいたといても、大切な事は、自分達もその救世主の役割を分担し、求める人達に霊的生命体としての真の道を示す努力をしなければならない、ということなのである」

高級霊魂によれば、自分から求めなければ、救世主であれ、神人であれ、神であれ高級霊魂であれ、人類に道を示すことはできないのだそうです。

 

「救世主は世界を救えるのか」霊をさぐる(携帯版)より
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-152.html

 

■■  スピリチャット

「霊魂学カフェテリア - 長い夜」

 

「恐らく人は・・ほとんどの人々は、霊的に目覚めることなくこの世を去るんだろうな」

どこか遠くを睨みつけるようにその人は言った

ちょっと飲みすぎなんじゃない?と言いかけてやめた

感情を抑えているのか、無感情なのか、その人は淡々とした口調で続けた

「世の中には、あらゆることが溢れている

何処にいて何をしていても、人は飽きることがない

仕事があってもなくても、結婚してもしなくても、健康でも不健康でも

することと考えることが絶え間なく押し寄せて来て、霊的なことなどリストの末端にも入らない、それが現実だよ

この世で生きている間に死後の世界を見ることはできない

それは夢物語にすらならない

でも一旦死んでしまうと、誰もが間違いなくその世界に入る

そしてその時には、時すでに遅しってことなのか・・

高級霊魂方は、この瞬間も人々を苦悩から助け出そうと尽力されているんだ。人々が作り上げた霊的に暗黒といえる状況にあっても、決して見捨てることもせずに」

そしてその人は、この世でするべきことがあるのなら、死んでもまたもう一度生まれてこなきゃいけないんじゃないかと思う、と言った

信じる者は救われるなんてことを聞くけど、それは虫のいい話だ

確かに信じなければ何も始まらない

でも信じることで救われるのは、信じることで行動するからだ

信じることで自分が変わるからだ

それが救いに繋がるんだ

信じるということには、それなりの覚悟と責任が伴うものなんだ

 

私には、まだまだぶち破らなければならない壁がいくつもあるんだと感じた

 

- by さんば

 

■■  もっと探索・リンク・入会ご案内

◇ 水波霊魂学 - 霊を知って人を知る
霊魂学関連HP・ブログ・動画などを一堂に集めたページです!
http://kouhou-keizankan.jp/

◆ 水波霊魂学が案内する霊魂研究への旅
→ URL:http://reikonkenkyu.hatenablog.jp

◇ 霊魂学と修行の会・契山館-入会ご案内
http://reikon.lar.jp/index.php?nyukai

 

■■  あ と が き 

教会やお寺の集まりなどでは、牧師、住職と呼ばれる方が説教とか法話をされるのですが、霊魂学徒、霊的修行者の集まりでは、そういった形は取られていません。聖書や経典とされるものもありません。それは、霊魂学が、人はどう生きるべきかとか、何が善で何が悪なのかといった、人間社会を生きていく上での教えを説くものではないからなのかもしれません。

その分、霊魂学を世の人々に伝えようとする広報の活動は、時に雲をつかむようなものではと感じることもあります。知らせたいという気持ちをうまく表現できずにオーバーヒートしてしまうことも多々あります。それでも、決して諦めず、知恵を出し合って、忙しい日々の限られた時間を有効に使い、奮闘してこられた方々に、この場をお借りして申し上げます。この一年お疲れ様でした。

単に年が変わるだけ、まだまだ続く道のりの途中、であることは承知していますが、振り返って反省もし、これからの目標に照準を合わせる。十二月がそのような月であってもいいのかなと思います。

来たる年には霊魂学が、契山館広報部が、そして霊魂学に出会うべく人々が、大きく羽ばたく年となりますように。

 

では今回は、これにて。

あなたの心に、新しい風が吹きますように、と願って。

また次回、お会いしましょう!

 

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