霊魂学カフェテリア Vol. 32 - January 2018

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  霊魂学カフェテリア
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   January 2018

人間ってほんとは何なの?
私たちの正体って何?
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霊魂学カフェテリアへようこそ!

霊魂学の耳より情報を、
新しい風に乗せて、お届けします!

♪ほんの少しの時間、
ひと休みしていってくださいね♪

 

【目 次】
(1)ごあいさつ
(2)霊魂学を読もう!
(3)霊魂学 de オフロード
(4)Q&A 聞いてみよう
(5)スピリチャット
(6)もっと探索-ご案内
(7)あとがき

 

■■  ごあいさつ

「一年は正月に
一生は今にあり」 
-正岡子規

謹賀新年

お正月の空の下、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

新年の抱負、夢や目標というものは、せっかく持つならでっかく持とう、などとよく耳にするのですが、今年は逆に、小さなこと、小さな一歩に気を使ってみたい、そう考えています。

以前、登山のプロの方が、初心の登山者にアドバイスをされました。

急な山道を確実に登る秘訣は、歩幅を小さくすること。

肉体にとってはそのほうが負担が少なく、呼吸の乱れも最小限に抑えることができるそうです。

目指す山が険しいほどに、気持ちがはやるのですが、そういう時こそ、小さな一歩。

確実に登り続けるための秘訣として、心に留めておきたいものです。

 

■■  霊魂学を読もう! 

「死後まで続く幸福のために」
水波一郎著
アマゾンオンデマンド
ペーパーバック 152頁
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1月8日アマゾンより発売開始!

サブタイトルは、「霊魂や低い幽気の悪影響を防ぐ」です。

目次に目を通すだけでも、現代を生きる人々が置かれている霊的環境の実情が緊迫感を伴って迫ってきます。

「本書では、どうしたら不道徳な霊魂や穢れた幽気などの悪影響から身を守れるのか、そうした事について説明したいと思っています。」「はじめに」より

 

◇霊魂学シリーズ、アマゾンにて好評発売中!
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※ 読後感想文、コメント大歓迎!
より多くの方に霊魂学を知って頂きたい、著書をお薦めしたいと思われる方は、是非、アマゾンのカスタマーレビューに投稿してみてください。

アマゾンのアカウントをお持ちの方ならどなたでも参加できます。
著書紹介ページにあるカスタマーレビューから、「レビューを書く」を選んでください。
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■■  霊魂学deオフロード 

このコーナーでは、長年霊魂学を学び、霊的トレーニングを実習されているタニグクさんに、霊的なことに関する様々なトピックについてお話して頂いています。

タニグクさん独自のアプローチと見解は、時に霊魂学の枠を飛び越え、オフロードに乗り出す面白さ。今回も、とっておきのお話をお届けします。
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「霊的にも恐ろしいグリム童話」

お婆さんが川へ洗濯に行くのは禊であり、彼女は巫女的な性格を持つ女性であったと前述(先月号)の学者さんは言います。

また、長崎県の各地では十二月十三日または二十日頃を「山姥の洗濯日」と言い、それは元来、春山入りの行事の一環として行われた巫女の禊を起源とし、それが正月行事に移行していったそうです。

そして何とその日は、正月の準備で山へ柴刈りに行く日にもあたっているそうです。

どうやら山姥とは禊をする巫女だったようです。

その山姥が出てくる日本の昔話に「三枚のお札」があります。

様々なバージョンがあるようですので、その辺りは各自調べていただくとしまして…

もし山姥が巫女であり、禊にも深く関わっているなら、小僧が投げたお札が大きな川や火の海になったことは水の禊、火の禊を意味しているのかもしれません。

この昔話「三枚のお札」が示す教訓とは、山に登るなら(霊的な意味で)段階を追って禊をしなければならないことを示しているように思えます。

もちろん我々は、その禊とは、お札が投げられ(封印が解かれ?)大きな川や火の海が現れたように、ただの水浴びではない、神伝禊法を指していると考えるのです。

きちんと神伝禊法の修行ができていれば、山姥の本質を見抜くことができ、山姥の姿をした何者かは修行者を導いてくださったのかもしれません。

さて、一方で西洋の昔話が示す教訓とは…

某漫画家さんが言うように。「赤ずきん」「狼と七匹の子山羊」のオオカミの最期から「よく噛んで食べましょう」となるのでした(笑)

確かに肉体の健康には良さそうですね。

しかし、霊的生命体としての人の本質を無視した文明の行く末は暗いものとなるでしょう。

この国では神話に始まり昔話の中にも表れる禊。

その物語に触れる時、人の違う意識は何かを感じ取っているのかもしれません。

一人でも多くの方が霊的に目覚めることを祈りたいものです。

 - by タニグク

 

■■  霊魂学Q&A 聞いてみよう!

「霊魂学 霊的環境について考える」

Q: 現代の霊的環境についておしえて下さい。

A: 今、世界は、少なくとも日本は、随分と環境が悪くなりました。

物理的な次元での環境の悪化も問題になっていますが、霊的な環境の悪化はそれ以上だと言えます。

物理的な環境が悪くなれば、人は住む事ができません。

地球が放射能で一杯になってしまえば、庶民が全員、核シェルターに入ることができ、そこで食物を生産することが可能でない限りは、生きる事すらできません。

そんな世の中にならない事を願っています。

ですが、問題はそれだけではなかったのです。

霊的な環境も随分と悪化していたからでした。

霊的な環境は目には見えません。

数値を計る事もできません。

霊魂の存在自体が認められていない時代では、それを語る人も、信じる人も、少ないのが実情です。

しかし、これは霊的生命体にとっては大問題だったのです。

このHP(霊をさぐる PC版)をお読みの方は概ね霊魂の実在を信じていらっしゃることと思います。

それを前提にして語っています。

この世は物質の世界ですが、同時に霊魂も干渉し得る世界です。

人間は肉体だけでなく、『幽体』という霊的な身体をも所持しています。

この世界は空気で覆われていて、人は酸素を吸収して生きています。

高級霊魂からのメッセージによりますと、それと同じように、幽体は霊魂学で『幽気』と呼ばれる霊的な気を吸収しているらしいのです。

その幽気の質が低いと、幽体は不健全になりやすく、質が良いと健全化しやすいとの事です。

つまり、霊的な環境が悪いとは、この幽気の質があたかも排気ガスのようになっているという事なのです。

そのために、各人の幽体が不健全になってしまい、幽体からオーラと呼ばれる光のようなものが出にくくなってしまっているとの事なのでした。

その状態は、高級な霊魂との接点がなくなる事を意味しているそうです。

別の見方をすれば、高級な霊魂が人間に寄りにくい環境であるということは、邪悪な霊魂にとっては、人間に寄りやすくなるということなのです。

人間にとって好ましくない霊魂が寄って来やすくなるという事は、その霊魂達の放つ霊的な気によって、霊的な環境が更に悪くなるという事なのでした。

これは、霊的には随分と悪い悪循環なのです。

どんどん霊的な環境が悪くなり、幽気があたかも放射能汚染のような状態になってしまったら、人々の守護霊や指導霊はほとんど活躍できなくなってしまいます。

そして、人々はどんどん邪悪な側の影響を受けやすくなって行きます。

死後の世界に入ってからのみでなく、この世に居る間もずっと、霊的な悪影響を受けながらの生活を余儀なくされた人々の苦悩は、更に増大することが予測されるのです。

どれほど物質的に豊かになっても、この世は精神的な苦悩で満ち溢れています。

これでは到底、幸福な社会とは言えません。

これからどんどん苦悩が増して行くことが予想されます。

霊魂学はこのような悪い環境を改善したいと考えているのです。

「霊魂学 霊的環境について考える」霊をさぐる(携帯版)より
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-249.html

■■  スピリチャット

「日本に眠る高貴な力」

年の始めは、初詣に行く方も多い事かと思います。

何事も始まりが大切で、清々しいスタートを切る為、けじめとして参拝されるのではないでしょうか?

但し、初詣の意味や様々な現実も知って置かないと、後々問題が発生する場合が有ります。

初詣の大きな意味としては、昨年まで目には見えない加護を頂いた事、無事に大禍無く暮らせた事を感謝し、今年一年の新たな平穏を祈念する機会だと言えるのでしょう。

しかしながら、自身の努力を前提としないで、過度な金運や開運を祈る事は、自身を神様の立場に置き換えて考えれば、如何に自分勝手で失礼なお願いかが分かるかと思います。

また現在は、毒ガスを撒いた宗教団体の事件をきっかけとして、日本全体が宗教や霊的な事柄に対して、非常に疑心暗鬼となり、嫌悪感を抱いています。

真面目に活動している団体に対しても、邪教と同一に扱い、十把一絡げ。怪しい団体と捉えてしまっています。

そうして神や霊魂を否定し、拒否するようになった現代人の自由意志の結果、本来各自を守っている守護霊、指導霊を始めとする高級霊魂が、地上(この世)に近づく事が非常に困難となってしまいました。

また高級な霊魂が地上に近付けないばかりか、高級な力も降ろせなくなって、地上が霊的に清められる術を失い、未発達な霊魂や邪悪な霊魂が過ごしやすく、集まりやすい状況が出来上がっています。

未発達な霊魂や邪悪な霊魂は、低い幽気、低い霊的エネルギーを撒き散らすので、地上の幽気の質は更に低下し、汚くなっていきます。

そして地上の人達は、低い霊魂達の幽気の影響を受け、幽体を汚され、活力を失い、本来の幽体の輝きも失ってしまいました。

そうなると、霊的世界の法則により、活力の無い幽体の所持者は、死後、自然に下層の幽界へと吸い込まれていきます。

人間の自由意志と、低い霊魂達の地上への干渉による相乗効果で、悪循環の連鎖が終わりの見えない程に続いています。

しかしながら、そうした霊的状況の中、パワースポットブームに乗り、神社仏閣へ参拝する人は増えています。

もし神社仏閣に、真に高級な霊魂、高級な幽気が降りていれば、そこへ参拝する事で、人の幽体は清まり、輝きを増し、高い霊的影響を受ける事も出来たのでしょう。

しかし残念ながら、単なるブームで、パワーを得る事ばかりに興味を持ち、神や仏に真面目に手を合わせる気持ちも無く、または神仏を利用して欲望を達成する事にしか目が向かない人ばかりでは、むしろ邪霊に狙われる可能性も有り得ます。

更には、神主や僧侶も無神論社会で生まれ育ち、聖職者を養成する大学や養成所では、信仰よりも、神仏の実在を一切無視した学問的宗教、そして形だけの儀式しか教えてくれません。

すると自ずから、神や仏より、この世の事しか目に入らず、お金儲けや経営の事ばかりに長けた聖職者が出来上がっていきます。

勿論、時には、心が清らかで真面目な聖職者さんも居らっしゃいますが、周りがそうでは無いので、真面目な人では、そうした世界で活躍する事も、出世する事も出来ません。単に政治力に長けた人ばかりが上に上がっていきます。

しかし世の中の人達も聖職者の修行や信仰の深さを評価するのでは無く、如何に難解な言葉を操るか、立派な御朱印を書けるか、華美で豪華な建物が建っているか、ばかりに目がいってしまいます。

せめて現代のそうした聖職者達に苦言を呈する、間違いを指摘する人が居れば、少しでも変わって行くのでしょうけれど...。

参拝する人達に真剣な光は無く、仕える聖職者は神も仏も信じず、お金儲けの為にパフォーマンスを行なっているだけ...。

中には、宗教施設は非常に立派ながら、年に一度の重要な大祭・神事の前に、朝までお酒を浴びる程飲んだり、お正月のお守りやお札に清めの神事の一つも行わず、問屋から仕入れたお札、お守りを、宗教施設の場を借りて、ただ転売しているだけの所も有ります。

そうした所では、お正月のディスプレイをどのように設置するか、そういったことしか意識はしていないようです。

お札、お守りを受ける前に、「このお札、お守りを作成する前に、どういった修行、どういった神事を厳修しましたか?」と、聞いてみた方が良いかも知れません。

しかし、そうした事に疑問を持つ人が全く居ないのも事実です。

故に、どんなに立派な神社仏閣といえども、霊的には未発達霊魂や邪霊達の過ごしやすい環境が出来上がっています。

現代では、残念ながら神社やお寺で、邪霊達が堂々とあぐらをかいているという現実が有るのです。

ならば、何処へ行けばいいのでしょう?人はどうすれば救われるのでしょうか?

救われません。霊的な救いもそうですし、物理的にも世界中に不吉な影ばかり漂っています。

そして物理的な災いの背景には、やはり霊的な働きかけが控えている事も多いのです。

待っているだけで次元が上昇するとか、地上に天国が現れるなどと言う事は、絶対に有りません。

それでも尚、人が救いを求めるというなら、どうすればいいのか?

高級な霊魂をお呼びする事、高級な力を降ろす事。そして、それは聖職者の専売特許では有りませんでした。

聖職者で有ろうと無かろうと、霊的な修行法を行なったかどうか。ただそれだけが高級な存在や力を呼ぶ為の方法なのです。

霊的な修行法さえ行なっていれば、豪華な衣装も立派な建物も全く必要が有りません。

一般人の住宅であっても、そこに真剣な修行者さえ居れば、◯◯神宮や◯◯大社よりも、遥かに高級な力が降りて来ます。

古代日本では、霊的な修行法を行う人、霊的な儀式に参加する人が多数居た為、神々よりの高貴な力が降り、精霊が飛び交い、山々には神気、霊気がみなぎっていました。そして、その力は現代でも深いところで眠っています。

日本の古代には、非常に高貴な霊的文明が花開いていたのです。

日本の事を批判する国々が有り、また指摘されている事が真実かどうかも、私達の世代では良く分かりません。

仮に真実で有ったとしても、古代日本には神々よりの高貴な御力が降りた事は否定できません。

これだけは、傲慢でも何でも無く、日本人が誇りを持っても良い事なのです。

そして、その上で、子孫である私達が、その力を現代に生かせるかどうかが大切な事だと言えます。

もし、そうした力を引き出せれば、他国よりも日本は、高級な霊的空間を作り易い素地が既に出来上がっています。

大切なのは、巷の聖職者に頼る事では無く、神伝禊法、神伝鎮魂法といった霊的な修行法を各自が行い、一人一人が神々にお仕えする神官になる事とも言えるでしょう。

一人一人が自分で自分を救う道を見出す事。

それが、あらゆる邪を排し、霊的な悪循環を断ち切り、真の救いをもたらす、唯一の方法と言えます。

何故、日本の文化に感動する外国の方が多いのか?それは、目に見えるものだけに心を動かされているのではないのです。

やはり日本には、目には見えない何かが隠されているからと言えるでしょう。

もし日本人の一人一人が目覚めるならば、日本の神気、霊気に世界中の人達が感動し、感涙する。そういった時代が来る事も不可能では無いと言えるでしょう。

- by UT

 

■■  もっと探索・リンク・入会ご案内

◇ 水波霊魂学 - 霊を知って人を知る
霊魂学関連HP・ブログ・動画などを一堂に集めたページです!
http://kouhou-keizankan.jp/

◆ 水波霊魂学が案内する霊魂研究への旅
→ URL:http://reikonkenkyu.hatenablog.jp

◇ 霊魂学と修行の会・契山館-入会ご案内
http://reikon.lar.jp/index.php?nyukai

 

■■  あ と が き 

新年号から、かなりのボリュームで提供させて頂きました。酔いが覚めた方もおられたのではないでしょうか。

霊的環境が悪くなる一方だという現実に、すべての霊魂学徒は、やりきれない思いでいるに違いありません。

ポジティブ思考が評価されることが多いのですが、いかなる時にも、現実を見極めるということは大切です。

良いほうに考えるということが、実は現実から目をそらすということにもなりかねません。

霊魂学は、これからも、人が目をそらし、耳を塞いでしまうようなことでも、それが現実である限り、語り続けるのです。

何年も前に、高貴な存在が霊的修行者に向けて語られたという言葉を聞いたことがあります。

「気持ちだけしっかり前に出してくれればそれでいい。必ず道が開ける。」

いつどこでどのような状況で、といった詳細はわからないのですが、この言葉が心に沁み込み、何度となく響きます。

それは、気持ちさえあれば無理に何かしなくていいのですよ、といったものではなく、何もできない現実を知りつつ、無力な自分を嘆きつつ、それでも何かできる自分でありたい、どうか助けてください、そういう気持ちを常に持ち、叫び続けなければいけないのだというように感じるのです。すべては、強く高級な霊的力が降りてこそのものです。

ひとりひとりの修行者が成長し、お互いのつながりをしっかりと保ち、羅針盤を失った船のようにならないように、そして何よりも上とのつながりを強く持ち続けていられるように、望む気持ちを前に。自分の力では到底できないことなのだから、けれども、そう強く望む気持ちを持ち続けるのです。

明日何が起ころうと、将来がどう動こうと、私たちには霊魂学があり、高級霊魂方とのつながりがあり、仲間がいます。弱い自分が道を踏み外したり、気力を失ったり、投げやりになったりすることも、きっとあると思います。

それでもどうか、上とのつながり、仲間とのつながりを手放さないように、気持ちを失うことがないようにと願います。

この年が皆さまにとって飛躍の年となりますように。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

 

では今回は、これにて。

あなたの心に、新しい風が吹きますように、と願って。

また次回、お会いしましょう!

 

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