霊魂学カフェテリア Vol. 37 - June 2018

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霊魂学カフェテリア
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June 2018

人間ってほんとは何なの?
私たちの正体って何?
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霊魂学カフェテリアへようこそ!

霊魂学の耳より情報を、
新しい風に乗せて、お届けします!

♪ほんの少しの時間、
ひと休みしていってくださいね♪

【目 次】
(1)ごあいさつ
(2)霊魂学を読もう!
(3)霊魂学 de オフロード
(4)Q&A 聞いてみよう
(5)霊魂学徒の考察
(6)もっと探索-ご案内
(7)あとがき

■■ ごあいさつ

「六月や風のまにまに市の音」
- 石田波郷

全国的に梅雨入りを迎える時期となりました。

皆さまいかがお過ごしでしょうか。

冒頭の句で浮かぶイメージは、梅雨入り前の爽やかな風が吹き込む窓、耳をすませると、静けさの中、時おり風に乗って聞こえてくる市のざわめき。

静かというものから随分と縁遠くなった気がするこの頃なのですが、この静けさの中で過ごす時間というのは、魂にとってとても大切なのではと思うことがあります。それが神伝鎮魂法を行じる時であれば尚一層のことです。

たまにはスマホやテレビに一切干渉されない空間に身を置くのもいいかもしれませんね。

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(会員ブログ「宇宙のすき魔に浮かぶ鬼」に手順が詳しく紹介されていますので、ぜひご参照ください。
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※ 読後感想文、コメント大歓迎!
より多くの方に霊魂学を知って頂きたい、著書をお薦めしたいと思われる方は、是非、アマゾンのカスタマーレビューに投稿してみてください。

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■■ 霊魂学deオフロード 

このコーナーでは、長年霊魂学を学び、霊的トレーニングを実習されているタニグクさんに、霊的なことに関する様々なトピックについてお話して頂いています。

タニグクさん独自のアプローチと見解は、時に霊魂学の枠を飛び越え、オフロードに乗り出す面白さ。今回も、とっておきのお話をお届けします。
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「ウ〇シマ効果」

浦島太郎が龍宮で三年過ごす内に地上では三百年とも七百年とも言われる月日が過ぎていたと言われています。

難しいことはよくわからないのですが、浦島太郎が体験した時間の遅れは、相対性理論が予言した現象とよく似ているところからSFの世界で「ウラシマ効果」と呼ばれているそうです。

水波霊魂学的観点から「ウラシマ効果」を説明しますと、これは物質世界と幽質世界の時間の流れの違いを表現しており、いわゆる龍宮は物質ではない世界に存在することを示しているのだと思われます。

この時間の流れの違いは、いえ、そもそも時間は幽質の世界には存在しないことは『神体』の「最初の人類」“アダムとエバ”に描かれているのでぜひ読んでいただきたいと思います。

そこには“アダムとエバ”のタイトルにあるよう、キリスト教で原罪と呼ばれている出来事、水波霊魂学的には人類がこの物質世界に誕生した経緯が描かれているのです!!

さて、ここで注目したいのは浦島太郎が開けてはならないと言われた玉手箱を開けたのと同様に、人が食べてはいけないと言われた智恵の実を食べてしまうところなのです。

鶴の恩返しにもあるように、なぜだか人はダメと言われるとやってみたくなる衝動が起きるようです。

そして智恵の実を食べ、地上に降りた後、人は霊的な視点から見た現実を受け入れない、いわゆる「ダチョウ症候群」となっているように思えます。

私はこの、人が持つ衝動を、ダチョウの名を持つ、とあるお笑いグループのリーダーである芸人さんの名前からいただき「ウエシマ効果・いいかぁ~、絶対に押すなよ~」と名付け、いつか霊魂学会で発表したいと思っているのです。まあ、冗談ですけどね。

霊的世界の真実は、修行が深まるにつれ、そのレベルに応じて見え隠れしてくるものだと思いますので、公の場で発表したり議論したりするものではないのでしょう。

が、それでも掘り下げてみたくなる衝動を抑えることが出来ず、さらに外道は勘繰るのでした。

もしかしたら・・・

- by タニグク

■■ 霊魂学Q&A 聞いてみよう!

Q: 人間の愛について

A: 世界中、どの宗教でも、愛を説いてきました。

愛という言葉でなくても、慈悲であっても、その真意には共通するものがあるのでしょう。

細いところは皆、違っているのでしょうが、宗教は皆、おおむね愛を主張しているように思われます。

それは、いわゆるスピリチュアリズムであっても、神秘主義であっても、大差はないと思います。

愛を悪いという教えは、真面目な宗教では、まず、ないでしょう。

つまり、皆、愛が貴いことは分かっているのです。

ではどうして、それを何度も言わなければならないのでしょうか。

それは、人間という生命体が、愛とは遠い行動をする事が多いからなのではないでしょうか。

人々の心の中に愛の心が入っているのは、皆、知っています。

ですが、現実の社会はどうでしょうか。

愛に反する行為で溢れています。

それが問題なのです。

言わなければ、悪くなる一方なので、宗教はそれを口やかましく言ってきたのかもしれません。

それでも現実は厳しいようです。

人はなかなか愛を行動で表わすことができません。

それはなぜなのでしょうか?

それはおそらく肉体を持って生まれたからなのでしょう。

霊魂学では、肉体の仕組みを指摘しています。

もしも、人が肉体を持っていなければ、心の中にある理想だけを語り、理想に沿った行動をすることが可能かもしれません。

ですが、肉体を持って生まれてしまうと、そう簡単には行かないのです。

人は食事をしなければ一日も生きられません。

一食抜いただけでも、おなかがすいて動けなくなってしまいます。

赤ちゃんは、自分一人では何もできません。

人に限らず、全ての動物は食べるために必死になるしかないのです。

ですから、ジャングルは弱肉強食になってしまいます。強い者が弱い者を食べて生きて行くしかないのです。

そこには、善も悪もなく、愛も憎悪も入り込む余地はないのです。

人間も、肉体を持つ生き物です。生きるためには、豚や牛を殺して食べるしかないのです。

つまり、人は生まれた時から、食べる為、家や衣服を得る為、教育されて、生き続けているのです。

受験教育は将来の職業の為なのでしょうから、結局、衣食の為なのです。

そのようにして、他に打ち勝ち、勝ち組みになるわけです。

自然にしていたらエリート意識で人を見下し、弱い人を弾き出すに違いないのです。

これでは、負けた人達は犯罪にばかり走ってしまいます。

それでは、勝った人にとっても住みにくい社会になってしまいます。いつ襲われるか分からない社会では困ります。

ですから、心や道徳、そして、愛の教育が必要になるのです。大勢の人達が暮らしやすい社会にする為には、人には倫理が必要なのです。

ただ、基本的には人は肉体を保持しなければなりません。

どうしても食べなければならないので、他を押し退けてもチャンスを掴みたいし、他の人はどうなろうと、買い溜めしてしまうのです。

頭では愛の精神が必要だと思っていても、自分の子供が食べられないとなると、なりふり構わなくなるのです。

人は肉体の保持がまず必要です。その為には、競争に勝ちたいし、自分の子供を、よその子よりも下にはしたくありません。

ですから、どうしても、愛は口先だけになってしまうのです。

世界中の人にまで聞こえるのではないか、と思うほどに大きな声で愛を叫んでいるのに、家に帰れば全く違う行動を取っている人がいます。

その人は、自分でもその矛盾に気付いていないのかもしれません。

今、テレビを見て苛められた可愛そうな子に涙し、それを助ける主人公に感動したはずなのに、次の瞬間には、近所の奥さんに意地悪する為に、打ち合わせの電話をしていても、自分は愛が深いと思い込んでいる人も大勢います。

愛、それは貴い言葉です。ですが、口で言うほど簡単ではありません。

霊魂学は、そんな自分達の本当の姿を自覚し、その未熟な自分を知る事から進歩が始まると主張しているのです。

「人間の愛・愛のある人生」霊をさぐる(携帯版)より
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-237.html

■■ 霊魂学徒の考察

日常の、身近なものや出来事、諸々を、霊魂学徒の視線から考えます。
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「悪魔」

悪魔という言葉があります。あまりに人から酷い目に会うと「この悪魔!」の一言も言いたくなるものです。

また悪魔というとホラー映画を想像したりもする事でしょう。それは悪魔=悪霊と言う事なのでしょう。

いずれにしても、悪魔という言葉は、良い意味では使われていないようです。

キリスト教では、元々、神のすぐ側にいて、ルシファーと言われる全ての天使の長が、神と対立し、天を追放され悪魔になったと言われます。

ルシファーの語源はラテン語で、「明けの明星」、または「光をもたらす者」といった意味があるそうです。

暁の空に美しく澄み切った輝きを放つ金星の化身と言うべきなのでしょう。

そのルシファーは神と対立し、敵対者となり、地獄の王になったと言われます。

それは、はたして本当でしょうか?

水波霊魂学では、天に居らっしゃるような高貴な存在が、地獄界のような質量の低い世界に行く事も、そこで暮らす事も不可能と言います。

またルシファーの語源である明けの明星について、ブッダは菩提樹の下で修行を行い・明けの明星・を見て悟りを得たと伝えられます。

日本の高僧、空海は室戸崎にて求聞持法の修行を行い、仏教では虚空蔵菩薩の化身と言われる・明けの明星・を感得したと、三教指帰には記されています。

(三教指帰=空海が著した、儒教、道教、仏教の比較書)

キリストは「わたしは、ダビデのひこばえ、その一族、輝く・明けの明星・である。」(黙示録二二・16)と言われたそうです。

それらの事から、とてもルシファー、そして金星が邪悪とは思われません。

ならばルシファーと言われる存在は、どういった存在なのでしょう?

日本の神話には、素戔嗚(スサノオ)と言われる神様が、高天原を荒らした罪により、天を追放され、出雲の国の鳥髪山に降り立ち、その地の人々を困らせていた八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治したと言われます。

そして倒した八岐大蛇の尻尾から、神剣としての草薙剣(クサナギノツルギ)が現れたと言います。

素戔嗚の神話は、天を追われたルシファーの境涯と似ていると言えるでしょう。

きっと、ルシファー、素戔嗚、いずれの神話も何かを霊的に暗示しているのだと思われます。

地上の言葉は、あくまでこの世の表現方法、コミュニケーションの手段でしかありません。

日々の生活の中でも、言葉というものは、自身が本来伝えたい事とは、全く別の形で人に伝わる事があります。時に誤解に繋がる事もあり得ます。

更には、何らかの真実を言葉で表そうとする時、真実の姿は色褪せ、または歪められる事が多々あります。

特に霊的な真実の場合、比喩や暗示でしか、表現できない場合もあると思います。

神という言葉も然り、悪魔という言葉も然り。

人が勝手に、それらの言葉に対するイメージを作り上げ膨らませ、想像しているだけに過ぎません。

実は、神と思っていた存在が邪悪であったり、悪魔と思っていた存在があまりに高貴であったりする可能性もあるのです。

神は、人間のご利益の為には存在していません。むやみやたらにご利益を与えてくれる存在が、もし居たとしたら、本物の神かどうか疑ってみるべきと言えるでしょう。

甘い儲け話ほど、後が怖いものです。

この世でも、一見、悪魔とも思えるような人が、実は、深い部分で相手の本当の幸せを願っていてくれたりする事もあります。

真の神は、それ以上に、目先のご利益ではなく、長い目で見た人の真の幸せを願い、その為には試練を与える事も、時としてあり得るでしょう。

それくらいに、霊的世界の真実は、人の肉の脳による想像を遥かに超えて、180度、異なっている事もあるのです。

私は修行の師より聞きました。本来、大天使であった六名の高貴な存在が、この世で苦しむ人々の姿に耐え切れず、神の作りし法則を打ち破り、人々を救う為、地上に降りられたと。

法則を破るという事は、法則を造りし至上の神との対立と言えるのかも知れません。

しかしながらそれは、至上の神を真に愛し、また愛される程の高貴な存在だからこそ出来る事ではないでしょうか?

実は、八岐大蛇を退治して、この世の人々を救う為、至上の神が全てをお任せになられたのではないでしょうか?

勿論、私のレベルでは、良くは分かりません。あくまで個人的な見解として述べているだけです。

しかし私の師は、そうした最も貴い魂の生涯について、高貴な霊魂方よりの通信によって、詳しく著されています。

霊的世界を探求せんとされる方には、是非、霊魂通信をご一読頂ければと思います。

神体 - 偉大なる魂の生涯
水波一郎 著
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- UT

■■ もっと探索・リンク・入会ご案内

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■■ あ と が き 

霊魂学にめぐりあえた奇跡を手放しで喜ぶのもしばしのこと、霊魂学徒は、修行を積む過程で、学べば学ぶほど、掴みきれないもどかしさを感じ、悩める日々を過ごすことも時にはあるようです。

そんな時に、高級霊魂方は示されます。

全ての人々にとって一番大切なのは、「幽体を知る、幽体を鍛える、そして幽体を強くする」ことだと。

霊魂学は果てしなく奥深く、他に類を見ない分野を追及していますが、ただひとつ、生きている間にこれだけはどうしてもやっておきたい、と言えるのが、幽体の強化・霊的トレーニングです。

とりあえずそれさえできれば、あとはなんとかなるといっても過言ではないと考えます。そしてそれは、その気があればどなたにでもできるようなシステムになっているのです。

愛や平和を叫ぶ人の数が増えても、世の中は更に暗闇へとアクセルを踏み込んでいるがごとしです。

霊魂学という灯りをともせば、霊的トレーニングというスイッチを押せば、解決法が見えてきます。

ひとりでも多くの方の心に、霊魂学の叫びが響きますように。

では今回は、これにて。

あなたの心に、新しい風が吹きますように、と願って。

また次回、お会いしましょう!

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■■ ごあいさつ

「雀らも海かけて飛べ吹き流し」
- 石田波郷

新学期・新年度を迎えて、それぞれがそれぞれの場所に落ち着く頃、ゴールデンウイークにほっと一息ついたのも束の間、一年はもう半ばへと差し掛かっています。

皆さまいかがお過ごしでしょうか。

風の流れを泳ぐ吹き流し、風を受けて進むヨット、風に乗って飛ぶ鳥。

爽やかな初夏の風、それはどこで生まれ、どこへ向かっているのでしょうか。

アニメ「となりのトトロ」の中で、女の子たちが空を飛びながら「私たち風になってる!」と叫ぶシーンがありましたが、

いつの日か、おそらく幽質の世界で、わたしたちも、風の力を知り、風となって舞うことができるのでしょうか。

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■■ 霊魂学deオフロード 

このコーナーでは、長年霊魂学を学び、霊的トレーニングを実習されているタニグクさんに、霊的なことに関する様々なトピックについてお話して頂いています。

タニグクさん独自のアプローチと見解は、時に霊魂学の枠を飛び越え、オフロードに乗り出す面白さ。今回も、とっておきのお話をお届けします。
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「海千山千」

「霊魂イエス」にイエス師が神秘なる霊魂の世界の海の上を歩き、物質界で付いた幽気の汚れを祓い、心と幽体を清めたという描写があります。

その海は物質界では絶対に見ることの出来ない本物の美があるだけではなく、そこで自然に感じられる神の愛は魂の清めとなるらしいのです。

幽体の清め、魂の清め、神の愛。

個人的な見解ではありますが、この描写にどうしても神秘の技法である神伝禊法との関連を感じざるを得ないのです。

イエス師が地上に降りられた神霊、スサノオだとすれば、この神秘なる霊魂の世界の海は古事記にある、禊で誕生したスサノオにイザナギが「汝命は、海原を知らせ。」(海を統治しなさい。)と、ことよされた(仰せられた)ところの海ではないかと思うのです。

そして、その海には神伝禊法の指導霊団にも加わっている龍が住んでおり、また作者不明の童謡「浦島太郎」の中で、絵にも描けない美しさと表現されている龍宮城を指しているのではないかと思えてくるのです。

確かに言語を用いない世界での美をあえて言葉で表現すると「絵にも描けない美しさ」となるのかもしれませんね。

「霊魂イエス」「古事記」さらには「童謡」から読み取れるのは、地上に降りた神霊スサノオは龍を指導霊団として神伝禊法を示されるということではないでしょうか。

それにしても不思議ですね、地上では山をアンテナとして神霊にまで連なることができるのですが、なぜ海なのでしょう。

仏教でも華厳経を龍樹(ナーガールジュナ)がヒマラヤ山麓の龍宮(ヒマラヤから海底に行ったという説もあり)から請来したという伝承が古くからあるようです。

もしかしたら霊的なアンテナとなる山をどんどん登って行くと、海の底の龍宮に行き着いたりするルートがあったりするのかもしれません。

オフロード、『まさに外道』と言われても、どうしても確認したくなるのが人の性。

とりあえず死後は海に千年、山に千年修行を積み、いずれは立派な海千山千と呼ばれ…

あれ、使い方間違ってますね(笑)

- by タニグク

■■ 霊魂学Q&A 聞いてみよう!

Q: 人生観はいろいろありますが、霊魂の世界からは、こう生きるべき、という基準はありますか。

A: 特にありません。

Q: どうしてですか。

A: どんな風に生きようと人間の自由です。特にこうしなければならないと言う事はありません。

Q: でも、霊感を得たという人は、大抵人生論を教えますが?

A: それは、より幸福になるための一般論に過ぎません。別に絶対的な基準ではありません。

つまり、地上の社会と霊魂の社会とは根本的に違うのです。そのために、倫理も道徳も地上だけの基準なのです。

地上は、食物を得ないと生きられません。また、生殖しないと子孫が繁栄しません。

そのため、社会は食物を得るために仕事をし、生存するために秩序を作り、そうした前提の上に立って、倫理も道徳も出来ています。宗教道徳も同じです。

ところが、霊魂の世界は違います。幽体という身体で生きるので、死ぬこともなく、食事も要らず、動物のような生殖はしないのです。「死後の世界」参照 (http://reisagu.blog.fc2.com/blog-category-1.html)

ですから、地上のように人殺しをしてはいけないと言おうにも、人が殺されることがなく、食事の心配がないので無理に仕事をすることもないのです。

Q: では、その人が幸福なら、どんな風に生きても良いのですか。

A: そういうことです。ただし、それによって不幸になっても、それは本人の責任です。

つまり、原則としては、自分で責任を取れるのなら、地上ではどう評価されようと、霊的には何ら問題はないのです。

ただし、厳密には、望ましい生き方とそうでない生き方があります。

Q: どういうことですか。

A: つまり、魂というものは、ただ生きているというわけではないのです。全員、目的と理由があって生きています。

そのため、霊魂の世界に入った時にも、それが幽体の成長に対する差になって、住む世界の上下を分けることがあります。

もちろん、道徳的な生き方をしたとか、笑顔が多かったとか、そんな地上的な基準ではありません。

Q: 例えば、どういう基準ですか。

A: 魂は基本的に神を求めています。いわば、霊的な中心に向けて吸い込まれたいと望んでいるようなものなのです。

ところが、それを地上に生きている人達の表面の心は知りません。

そのために、自分を霊的には退歩させている人が多いのです。

ところが、霊魂になって、魂が成長すると、物質的な制約がなくなるために、自分の奥に隠れていた本質が出てくるのです。その時、初めて、人は自分とは何かを少しですが理解するようになるのです。

ですから、魂としての本質から離れるような人生は、送らないようにした方が良いのです。

結局、地上の人達は魂の歴史においては幼児のようなもので、まだ何も知らないのです。

Q: 具体的にはどのような人生が良いのですか。

A: 簡単に言えば、霊的な進歩につながる人生です。これは、幼児が小学生になるためにどうしても必要な事だと考えれば分かりやすいのです。

Q: では、どうすれば良いのですか。

A: それは決まっています。私に言わせれば、全員、霊魂学を学び、神伝の法を実習する。これがベストです。そう思うから、今、それを指導しているのです。そうでなければ、別の事をしています。

Q: それはそうですね。

A: キリスト教徒に一番善い信仰は何ですか、と聞くようなものです。

Q: おっしゃる通りです。

A: さらに言えば、世の中に霊的に善いものは幾つかあるのでしょうが、霊的な指導者は、それぞれに自分の信じる法がベストだと信じるからそれを指導しているのです。

そのくらいの自信がないと弟子は不安で付いては行けないものです。

私の場合は、このHP(霊をさぐる PC版)を見ている人には、もっと本格的に霊魂学を学んで欲しいと思いますし、もっと、神伝の法を知って欲しいと思っています。

それが高貴な霊魂からメッセージでもあるのです。

Q: 分かりました。

「高級霊魂が語る この世の生き方 霊魂学」霊をさぐる(携帯版)より
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-176.html

 

■■ 霊魂学徒の考察

日常の、身近なものや出来事、諸々を、霊魂学徒の視線から考えます。
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「登竜門」

5月と言うと鯉のぼり。青空を真鯉や緋鯉が泳ぐ状を見ると、日本の風物を感じます。

鯉のぼりには、鯉が竜門という滝を乗り越えると、竜に成り天に登るという故事に因み、凡ゆる困難を乗り越え、龍のように強く逞しく育って欲しいという親の願いが込められているようです。

中国の古典には「水にすむ『き』は五百年で蛟となり、蛟は千年で龍となり、龍は五百年で角龍、千年で応龍となる」とあります。

まるで鯉が龍に変わる故事のように、龍が変化していく状が書かれています。

一般的に龍と言えば、体は大蛇のようで鱗に覆われ、頭には二本の角、耳があり、手には玉を持って、顔にひげを蓄えているイメージが有ります。

西洋では悪魔の化身のように言われ、東洋では神のように敬われたりします。

また時に、霊能力者が龍を見たという話しを聞く事もあります。

しかし何が本当に正しいのでしょうか?

そもそも龍は居るのでしょうか?

もし居るとすれば、本当の龍は、どのような姿なのでしょうか?

言い伝えに有るような姿でしょうか?霊能力者の言葉は正しいのでしょうか?

水波霊魂学では、龍は実在すると言います。

しかし、これまでの龍に関する言い伝えや諸説は、人間の頭で考え想像した事柄が含まれていたり、もし何かしらのビジョンを見たとしても、霊的な知覚にミスがたくさん有ったりと、まさに事実と誤りの玉石混淆だったと言えます。

それでも人類の長い歴史に於いて、西洋でも東洋でも、これほど龍について語られて来たからには、それだけの理由が有るからと言えます。

水波霊魂学で説く龍は、あまりに愛が深く、それでいて力強いパワーに満ち溢れ、何故、そこまで?と言える程、人類に寄り添い、人類に手を差し伸べてきた事実を知って頂きたいと思います。

龍は伝説上の生き物では無く、かと言ってこの世の存在でもありません。地上の何処を探しても見つける事は出来ません。

現代は、あまりに物質文明ばかりが発達して、神や霊魂を否定する時代と成りましたが、それでも、龍は人類が霊的生命体としての本質に目覚め、真の救いに至る事が出来るよう、力を貸そうと日夜努力されています。

龍の歴史は犠牲の歴史と言えます。他の多くの生命体を蹴散らして、人間同士でさえも争いばかり起こす、自分勝手な人類の為に、真っ黒になって下層に落ちていく龍が多数居ます。

霊的世界の事柄を、この世の色で表現するのは適切では有りませんが、それでも敢えて言うなら龍は初めは青い色をしているようです。

進歩して高級になると白く成り、更に神の如しに成長した龍は透明になるそうです。

あの世には、地上には生まれて来ない霊的生命体が多数居ます。

人間の霊魂からすれば、突拍子もない姿に映る霊的生命体も居る事でしょう。

龍以外にも伝説の生き物とされる存在が居ますが、あの世では、そうした生命体が居ても何ら不思議ではないのです。

その中でも龍は、人間以上に、高度な知性と霊力を持ち合わせています。動物の霊魂とは全く格が違います。

そのような存在が、何故、こうまでして愚かな人類を救おうとされるのか......。

龍という存在は、人類誕生の秘密にも迫り、神々の御使いと言えます。

力強いパワーとは裏腹に、あまりに愛が深く、神々より受けた使命が有る故に、人類を見捨てないのかも知れません。

誰も気づかず、感謝もされず、何の見返りが無くとも、それでも龍は人類と共に道を歩む事を決意されているようです。

※ 実在の真の龍について、また人類誕生の秘密について、お知りになりたい方は、以下の書籍をお薦めします。

『龍』 ~霊魂の世界から舞い降りた霊力~ 水波一郎 著
https://www.amazon.co.jp/dp/4865438289

- UT

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■■ あ と が き 

霊魂学シリーズ最新作である「死後まで続く幸福のために」がデジタル化・キンドル版となってアマゾンより発売開始されたことは、霊魂学にとって、とても嬉しいニュースです。

以前は、印刷された本を書棚に並べ、手に取ってページをめくることが楽しくもあったのですが、電子書籍というものが登場して以来、タブレットひとつで個人ライブラリーを常に持ち歩くことができるという魅力にすっかりはまってしまいました。これで地震・雷・火事・親父もこわくない!・・・とまではいかないのでしょうが。

特に乱読派にとっては、色んな本のあちらこちらを思いつくままに検索して読み、しおりやメモ書きをつけ、辞書や解説まで利用できるという機能満載なところが魅力なのです。文字サイズを自由に調整できるのも助かります!

インクの匂いを楽しみながらページを繰るのが読書だ!と仰る方も多いことと思いますが、印刷本に加えて電子本という選択肢が提供されることによって、霊魂学は、更により広い読者層に届くに違いないと感じます。

では今回は、これにて。

あなたの心に、新しい風が吹きますように、と願って。

また次回、お会いしましょう!

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