霊魂学カフェテリア Vol. 40 - September 2018

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霊魂学カフェテリア
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September 2018

人間ってほんとは何なの?
私たちの正体って何?
----------------------------

霊魂学カフェテリアへようこそ!

霊魂学の耳より情報を、
新しい風に乗せて、お届けします!

♪ほんの少しの時間、
ひと休みしていってくださいね♪

【目 次】
(1)ごあいさつ
(2)霊魂学を読もう!
(3)霊魂学 de オフロード
(4)Q&A 聞いてみよう
(5)霊魂学徒の考察
(6)もっと探索-ご案内
(7)あとがき

■■ ごあいさつ

・・・・・・・
各地で災害が発生し、不自由な生活を強いられている方々がまだ多くおられることと思います。一刻も早い復旧をお祈りいたします。
・・・・・・・

「水音も風の音にも九月かな」
- 副島いみ子

高く突き抜ける青空、ひんやりと冷たい水、秋の訪れ。

皆さまいかがお過ごしでしょうか。

何かとイベントが多く、厳しくもある夏と冬に挟まれて、秋という季節は、色んな意味で充電の時期ともいえそうです。行楽の秋、食欲の秋、そして読書の秋。

生活環境が整い、年中、一定温度を保つ住居に暮らし、年中食べたいものをお取り寄せできる時代とはいえ、やはり秋は秋。独特の静寂を感じます。

さて、色んな選択肢がある中で、この秋は是非、読書の秋に!

霊魂学は謳います。

■■ 霊魂学を読もう! 

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「二本足の霊魂」

「霊魂研究へのいざない」

「龍:霊魂の世界から舞い降りた霊力」

「神体:偉大なる魂の生涯」

「神伝禊法:新時代の霊的トレーニング」

「死後まで続く幸福のために:霊魂や低い幽気の悪影響を防ぐ」

「ネコの死後はどうなるの?:ニャンコの救世主」

※ 読後感想文、コメント大歓迎!
より多くの方に霊魂学を知って頂きたい、著書をお薦めしたいと思われる方は、是非、アマゾンのカスタマーレビューに投稿してみてください。

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■■ 霊魂学deオフロード 

このコーナーでは、長年霊魂学を学び、霊的トレーニングを実習されているタニグクさんに、霊的なことに関する様々なトピックについてお話して頂いています。

タニグクさん独自のアプローチと見解は、時に霊魂学の枠を飛び越え、オフロードに乗り出す面白さ。今回も、とっておきのお話をお届けします。
_____________

「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」

ヨハネの黙示録には破局的描写が多く見られます。

もしかしたら、これは人が肉体を持ち物質世界に生きるが故の視点から離れられず、最も重要な事を伝え、表現することが出来なかったためではないかとも思うのです。

水波霊魂学的な視点から一部考察が可能と思われるキーワードがありますので読み解いてみたいと思います。

まず、封印ですが、富士の封印が解かれ地上に降ろされたのが「神伝の法」なのです。

そして御使いが地上に向け傾ける鉢。

これは御使いが高級霊魂であるとすると、その傾けた鉢から流れ出るのは神伝の法に流れる力であると推測されます。

神伝禊法の水に流れる力、あるいは鉢を凹面鏡のようなモノとすると、光を集めそこに流れる力なのかもしれませんね。

神伝禊法は、初伝(水)、次伝(光)、中伝(風)までは、古伝に言うところの汚れを祓う段階、水波霊魂学では霊的カルマを解消する段階とされています。

が、もし地上に、その流れた力を受け得る器が無かったら…

風を超えることが出来なければ…

やはり、破局的光景が地上に広がるのかもしれません。

いえ、封印の解かれた巻物の内容が神伝の法であり水波霊魂学であるとしたら、それを学び実習すれば、また違う光景が広がるのです。

しかし、残念ながら現在の地上の様子を見ますと、ヨハネの黙示録を伝えた者の洞察力は素晴らしいとしか言いようがありません。

が、その封印の中にあった神伝の法を知り実習している者達が多くいる以上、その人達の活動こそが人類の未来を決定するのでしょう。

そして、ついに…

最後の封印の書が公開されるとしたら…

食べてはいけないと言われた智恵の樹の実、対する生命の樹の実、開けてはならないと言われたパンドラの箱、最後に残ったと言われる希望は、実は開けた瞬間からあったのかもしれません。

行きはよいよい、帰りは恐い…

魂の帰り道。

より多くの方々が神伝の法の実習者となりますように。

そこにしか霊的な意味での真の救いはないのですから。

- by タニグク

■■ 霊魂学Q&A 聞いてみよう!

何を信じるのかよりも、どう生きるか、それを大切にする人達が増えている。

しかし、その考えは霊的な成長に逆行する。

どう生きようと、それはその人の自由である。

霊的成長にとって大切なのは、本物の高級霊魂に念を発し、高級霊魂の気を吸収しうるか、あるいは、偽者の高級霊魂に念を発し、邪気を吸収してしまうか、といった点である。

「霊は語る(9)」
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-365.html

Q: 霊魂学の特徴

A: 霊魂学の特徴、次は、霊的な事実を探求しているという点です。

たとえば、同じように霊媒を用いて霊魂からの通信を得ていると主張している所もありますが、それらの場合はおおむね宗教的な教えを重視しています。

宗教としての教えは大切です。人生をどう生きるか、愛がいかに大切か、というような事を、繰り返し、繰り返し、説いている所が多いと言えましょう。

ですが、霊魂学はそうではありません。

この世の生き方も大きなテーマですが、それ以前に、真実が知りたいのです。

真実を知った上で、それをもとに人生を考えたいのです。

霊魂の世界と、この世の人間の関係はどうなっているのか、人間が死後に使用する身体はどうなっているのか、もちろん、分かる範囲は限られているとは思います。

ですが、私達が知り得る範囲で構いませんので、本当の事が知りたいのです。

残念ながら、現在の科学は霊魂や死後の世界を否定しています。

ですから、科学で霊魂を知る事は無理です。

霊魂学は、私達にそれをできうる限り知らせようとしています。

ただし、科学によってではなく、霊媒を使用しての通信ですので、むしろ宗教の分野に分類されると考えられます。

分類の仕方はあくまでも定義上の問題で、霊魂学は、どのように分類されようとも霊魂学なのです。

従来、宗教ではいつも教義が絶対です。変更など簡単にできるものではありません。信仰であるならば当然であると言えましょう。

ですが、霊魂学はそうではありません。

通信してこられる霊魂によって説明の仕方が異なりますし、霊魂方の格に上下がありますので、より上位の方や、より専門知識のある方が通信される事によって、それまでの主張が変更されることもありうるのです。

科学が、それまでの説を新しい発見で塗り替えていくのと同様に、霊魂学もまた、変化して行くのです。

それは、霊魂と霊媒の技術が共に上がっていくために起こる事でもあります。

霊魂学は科学ではありませんが、科学と同じで、日々進歩して行くという特徴を持っているのです。

もちろん、霊媒が生きている間だけですが。

そして、実は、求める人のレベルが上がると、通信内容もそれに相応しく上がって行くのだそうです。

霊魂学の特徴2は、霊魂学は霊的な真実を探求し、新しい情報を得るたびに進歩して行くという事なのです。

「霊魂学の特徴 2」霊をさぐる(携帯版)より
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-298.html

■■ 霊魂学徒の考察

日常の、身近なものや出来事、諸々を、霊魂学徒の視線から考えます。
_____________

「ひまわり」

ひまわり(向日葵)という花があります。

花言葉は「私はあなただけを見つめる」。

常に大輪を太陽に向けているイメージがあります。

しかし実際には、まだ成長の盛んな若い時期だけ、太陽を追って、その方向を毎日、東から西へ変えるそうです。

蕾から花が咲く時期になると、花が重くなり、それに伴い茎も固くなるので、太陽の方向を向く事は出来なくなるようです。

とは言え、植物には向日性(こうじつせい)があって、太陽の方に向かって伸びようとするのが習性と言えるでしょう。

植物に意識があるかどうかは分かりませんが、仮に意識があったとしても、自分でも、知らず知らずの内に、無意識に太陽の光に向かって伸びていくのではないでしょうか?

太陽の光を受けた植物と、受けない植物では、その成長に歴然とした差が出ます。

日に当てない植物はひょろひょろと育ち、当てた植物は茎がしっかりと元気に成長します。

それは、植物の葉にある葉緑体が、光のエネルギーを利用して、水や二酸化炭素から、「養分(糖類・でんぷん)」を合成する働きがあるからと言えます。

更に植物は、光合成で水を分解する際に生じた「酸素」も放出します。

植物は日の光を基に、人に米や野菜などの作物を与えてくれます。

そして、人が生きる上で必要不可欠な「酸素」まで供給してくれるのです。

それ故に、古代人の多くは、太陽の恵みに感謝し、太陽を神として崇めて来た歴史があります。

例え、一神教の人であっても、太陽が大切な存在である事に変わりは無いでしょう。

さて、こうした事を人に当てはめ、霊的な視点から見た時、人には本来、神、仏といった、高貴な存在に向かおうとする意識が、魂の深い部分にはあるのでした。

それは、植物が日の光に向かって伸びよう伸びようとする性質にも、似ていると言えるでしょう。

そして、人には死後、表面の身体として使用する、幽体という霊的身体を、生前から肉体の内側に所持しています。

幽体は霊的身体です。ですので、米やパンは食しません。必要なのは、「神や高級な霊魂よりの光(気)」をこそ、欲していると言えます。それが、古の達人、イエス師が言われた「霊のパン」とも言えます。

神や高級な霊魂よりの光(気)を受ければ、霊的身体である幽体は、活力を得て、健全になり、または強くなって、幽体から大きなオーラを発するようになります。それにより、更に高級な霊魂より見え易くなります。

神や高級な霊魂よりの光(気)を受けなければ、やがて幽体に流れる幽気は枯れ、活力を失い、幽体からのオーラは全く出なくなります。それにより、高級な霊魂から見えなくなり、逆に不道徳な霊魂、邪霊から見え易くなります。

昔であれば、神社やお寺に行けば、神や高級な霊魂よりの光(気)を頂く事も不可能ではありませんでした。

しかし、現代では、無神論、無信仰の時代となり、聖職者と言われる人達まで、神や霊魂を否定してしまうので、神社やお寺に、神や高級な霊魂よりの光(気)は降りなくなりました。

現代人は、人の本性である、神、仏といった、高貴な存在に向かおうとする意識を、理論で押さえつけ、ねじ伏せ、麻痺させてしまっています。

そして何も疑問を感じない人が殆どです。寧ろ、文明が開かれた社会に住む者として、神や霊魂を否定する事が、科学的、論理的な考えとしているのでしょう。

しかし、これは大きく間違っています。確かに、神や霊魂の存在は科学では証明出来ていないかも知れません。しかし存在しない事の証明も出来ていません。

修行者の立場から申し上げますと、神や霊魂は存在するのです。それは「神伝の法」と言われる霊的な修行法を行えば、霊能力ではない、霊的感性によって、自ずと魂の深い部分で実感として分かってきます。これは体験した者でないと分からない、否定しようの無い事実です。

「神伝の法」を行う事により、幽体が健全になり、強くなり、幽体オーラは大きくなり、高級な霊魂と密着した人生を歩む事が出来ます。

当然、守護霊、指導霊、または補助霊といった高級な霊魂方と密着した人生を歩めれば、この世でも、あの世でも、魂の本当の意味での幸せに向かって行く事が出来るでしょう。

「神伝の法」により、神や高級な霊魂よりの光(気)を頂く事で、自身の霊的成長のみならず、高い気を、もし自分自身が振り撒く事が出来るようになれば、無神論、無信仰で、邪霊達が横行する現代の霊的環境が少しでも良くなっていくものと思います。

「神伝の法」といった高度な霊的修行法が有るのは日本だけです。また日本には大きな霊的使命が有ります。

是非、多くの方に「神伝の法」、霊的な修行法を実践して頂きたいと思います。

- UT

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■■ あ と が き 

コペルニクス的転回:物事の見方、捉え方を、180度変えることの例えとして使われる表現。

固定観念をぶちやぶり、発想法を根本的に変えることで物事の違った局面を見出すということにもなるのですが、競って新たな発見・開発がなされる現代では、コペルニクス的転回が常識になっているようにも感じます。

そんな中で、神・霊的存在の有無に関しては、今だ実証されていないこともあって、人はそれぞれに根強い固定観念に縛られがちです。テーマがあまりにも大きすぎて、かえって見落とされているのかもしれません。

霊的存在の有無、人が霊的存在で有るか否か、確固たる証拠なしに、そして信仰という行為なしに、180度転回させることは容易くはありませんが、「有る」という観念に賭けてみる、そして掘り下げて考えてみる、霊魂学という手段が提供されている今だからこそ可能なことです。

アマゾン・キンドルストアに続々登場する霊魂学書籍を見るとき、日本語を理解できるということがどれほど幸運なことか、思わずにはいられません。

では今回は、これにて。

あなたの心に、新しい風が吹きますように、と願って。

また次回、お会いしましょう!

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※ ご意見・ご感想・お問い合わせ、お待ちしております。
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霊魂学カフェテリア Vol. 41 - October 2018

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October 2018

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(7)あとがき

■■ ごあいさつ

「露の世は 露の世ながら さりながら」
- 小林一茶

風情あふれ、物静かな秋・・とは程遠く感じられるような毎日。

皆さまいかがお過ごしでしょうか。

波乱万丈な地上の状況とは別次元で、霊的環境も刻一刻と変化しているようです。

流されぬよう、飲み込まれぬよう、霊魂学という灯りをともし、一歩一歩進んでいきましょう。

新しいイベント、新しい出会い、感動の秋でありますように。

■■ 霊魂学を読もう! 

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「二本足の霊魂:人間と霊魂の歴史」

「幽体の悲劇:人は幽体と共に生きている」

「龍:霊魂の世界から舞い降りた霊力」

「神体:偉大なる魂の生涯」

「神伝禊法:新時代の霊的トレーニング」

「霊魂研究へのいざない:死後の世界や霊魂について学ぶには」

「死後まで続く幸福のために:霊魂や低い幽気の悪影響を防ぐ」

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■■ 霊魂学deオフロード 

このコーナーでは、長年霊魂学を学び、霊的トレーニングを実習されているタニグクさんに、霊的なことに関する様々なトピックについてお話して頂いています。

タニグクさん独自のアプローチと見解は、時に霊魂学の枠を飛び越え、オフロードに乗り出す面白さ。今回も、とっておきのお話をお届けします。
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「ケアン・道標」

原罪。

水波霊魂学では、人が自由意思を行使し幽質の世界から地上へ降りたことを意味しています。

聖書では禁断の木の実を食べて楽園を追い出された描写になっていますが、地上に降りたことに関して、古事記では罪の要素はなく天孫降臨として描かれています。

そして、おそらくですが、元の世界に帰る描写、水波霊魂学で言う魂の帰り道を聖書では黙示録で描いており、古事記ではヤマタノオロチ神話で描いていると思うのです。

天孫降臨の際のアメノヤチマタ(道が八つ?いくつにも?に分かれているところ)で道案内をしたサルタヒコ、その眼は高天原から葦原中国(地上)まで照らすと言われ、日本書紀ではアカカガチのように照り輝いていたとされています。

また、ヤマタノオロチの眼もアカカガチの様であると描写されていることからも、両者は同じ道の行きと帰りを物語として表現しているのではないかと推測するのです。

他にもアカカガチ=ホオズキではなく、カガチが蛇であったり輝血と読み取れることも興味深いですね。

生命の樹、セフィロトにも同様な意味が隠されているようにも思えますが、あまり詳しくありませんので、その説明に関しましてはお許しを。。

さて、自由意思を行使し、地上に降りた結果として沢山の頭を持った化け物が生まれる。

そして、その頭を剣で斬り、最後にその尾から神剣を手にする…

いや、全ての根源に神剣があったとも言えるこの描写。

ヤマタノオロチ神話は、まさに神伝禊法そのもの、魂の帰り道そのものではないでしょうか!!

日本に神話として長く伝えられてきた真の救いである法、それが今、地上にあるのです!!

さらに、古事記では天孫降臨時にアマテラスから三種の神器を渡され、「これの鏡は、専ら我が御魂として、吾が前を拝(いつく)が如拝奉れ・・」と、言われていることにも注目したい。

もしかしたら、古事記ではあえて罪を強調せず、本来なら人が地上に降りて鏡を用い、霊的な輝きを表現することが求められていることを伝えようとしているのかもしれません。

そして今、すでに神伝鎮魂法も示されている…

全人類の為の法ではありますが、まず日本人が目覚めないでどうする、と言いたい…

が、やはり帰り道は険しそうです。。

- by タニグク

■■ 霊魂学Q&A 聞いてみよう!

何を信じるのかよりも、どう生きるか、それを大切にする人達が増えている。

しかし、その考えは霊的な成長に逆行する。

どう生きようと、それはその人の自由である。

霊的成長にとって大切なのは、本物の高級霊魂に念を発し、高級霊魂の気を吸収しうるか、あるいは、偽者の高級霊魂に念を発し、邪気を吸収してしまうか、といった点である。

「霊は語る(9)」
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-365.html

Q: 心の成長は霊的な進歩?

A: (この文章は「霊を探る」監修者 水波一郎師の発言をそのまま書いています。)

霊的な進歩は人の目には映らない。しかし、高級な霊魂の目には明らかである。

ところが、地上の人間の心は肉体という壁により、高級な霊魂にはむしろ、分かりにくい。そのため、高級な霊魂ほど人に霊感を送ることができない。

人間の側の霊的な進歩が必要なのである。

そのため、高級な霊魂は地上に霊的トレーニングを降ろされた。人は、それを行なうことにより、高級霊魂と接点を持ち得る。

しかし、だからといって、表面の心は向上しない。

小学生の心が大人のそれに成ることはない。肉体の脳による心は肉体の成長と共に成長するが、霊の成長とは比例していない。 

つまり、霊的に進歩しても、地上の人間として立派に成るわけではない。

地上の人間としての進歩は、日々、日常の生活において努力するべきなのである。

ただし、地上の人間は知らねばならない。

表面の心理は深く潜在している意識の影響を受けている。

そのため、どんなに人格者と言われている人であっても、潜在している悲しい心情が浮き上がれば、犯罪的な行為をしてしまう可能性がある。

人は複合的な存在である。

そのために、心の奥を知らねば自分の本当の姿を知ることはないのである。

そのためには、過去、地上に生きた頃の自分をも知らねばならず、かつ、自分自身の心の光や闇をも知らねばならないのである。

心が進歩しても、それは地上でしか通じない。それは、地上社会の中での倫理である。

霊的な進歩は、霊的な生命体としての進歩であり、それは、人間の正体と自分自身の本当の姿を知るためのステップなのである。

霊的に進歩しても、地上の人間として立派なのではない。それは、私が神的な霊的トレーニングを指導しているのであるから明白である。

しかし、霊魂としての進歩向上は、自分自身の弱さも強さも教えてくれる。

それが新しい苦悩になっても、それを乗り越えようとするならば、未熟な我々にも神霊と呼ばれる高貴な存在は霊的な光の糸を垂らして下さる。

霊的な進歩は苦悩を乗り越えて初めて得られる。

「心」霊をさぐる(携帯版)より
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-category-14.html

■■ 霊魂学徒の考察

日常の、身近なものや出来事、諸々を、霊魂学徒の視線から考えます。
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「神無月」

10月は旧暦の呼び名で「神無月(かんなづき)」と言われます。

日本全国の神様が相談事をする為、出雲(島根県)に集まり、出雲以外には神様が居なくなるのだそうです。特に、重要な議題が縁結びに関する話しだとか...。

言われてみれば、出雲大社は縁結びの神と良く言われていますね。

出雲大社の本殿の両脇には、出雲に集まる全国の神様の宿泊所として、多数のお社が建てられています。

その為、出雲地方では、「神無月」とは言わず「神有月(かみありづき)」と言われます。

この月には、稲佐の浜で、全国の神様をお迎えする神事も行われるそうです。

さて10月には、神様が本当に全国から居なくなるのでしょうか?

もし、本当に居なくなるとすれば、大変です。

普段、眼を光らせていた神様が、急に居なくなるのですから、ここぞとばかりに、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)して、好き放題の無法地帯と成ってしまうでしょう。

一説では「神無月」の「無」は格助詞で「の」を表し、「神無月」とは「神の月」とする説も有るそうです。

つまり、神様が、その月に居なくなるのではなく、神を丁重にお祀りしよう、または神の御力が強く成る月、と考えれば良いのかも知れません。

しかし霊的な視点から見ると、どうでしょうか?

実は、神様は常に居なかったのです。

人類が誕生して以来、人は肉の脳によって勝手に解釈し、人にとって都合の良い神のみを頭の中で想像し、求めて来たと言えます。

そこに真の神様が居らっしゃった訳では有りませんでした。

もし居るとすれば、願掛けする者の魂と引き換えに、金運、商売繁昌、必勝、縁結び等を叶えようとする、邪霊達と言えます。

しかしながら、邪霊達にしか祈りが届かないかというと、そうでも無いのでした。

もし、純粋で真剣な祈りでさえあれば、高級な霊魂に届く事も有るのでした。

しかし、それでも、神様は居ないのでした。

真の意味での神は、地上の人間との間に、無数の霊魂が仕え、無限とも言える程に、遥か遥か上の、いわゆる、天界に居らっしゃるのでした。

この世の例えで言えば、総理大臣や大統領が、実質、私達、一般人に直接、関与する事が無いように、真の意味での神は、そんなにレベルの低い存在では無かったのです。

実際に関与するのは、この世では、役所の職員であり、あの世では、霊魂方なのでした。

しかし、日本の神道では、役所の職員にあたる存在も、総理大臣や大統領にあたる存在も、一様に神と名付け、定義付けられています。

大宇宙を創造されたような存在と、菅原道真が、同列に有ると言っても過言では無いのです。

そうした定義が、非常に曖昧に成っていて、専門家は違うと言うかも知れませんが、少なくとも、一般の人達に対して、そうした事が詳しく説明はされていないのです。

神社に祀られる神様の名前や、由緒を考えて、参拝する人は殆ど居ないでしょう。

考えても、学業とか交通安全とか、ご利益の違いくらいではないでしょうか?

いや実は、神主さんや学者さん自身も良くは分からず、神を語っていると言えるでしょう。

信仰や体験が無く、頭の中でしか、神を考えていないのです。そして、非常に難しい神様の名前を覚えたり、難しい文献を読み解く事で鼻高々に成っているのです。

故に、日本には神様が居ないのでした。

神を知ろうとせず、霊魂を知ろうとせず、真実に目を瞑り、善悪を超えた巨大な悪を知ろうとしない。

いや、寧ろ、神や霊魂を知ろうと目覚めた人を、潰そうとする人さえ居ます。

現代の日本は、邪霊達が歓喜を上げて、低い幽気、つまり、地獄の世界からのエネルギーが湧き上がり、覆われてしまったと言えます。

その昔で有れば、目安箱のように、一番上の存在に、想いや願いが絶対に届かないかというと、数々の高級な霊魂方の伝達によって、届けられる事も例外としては有り得たようです。

勿論、現代では、それは全く不可能に成りました。

邪悪な幽気の雲で覆われたこの世は、守護霊や指導霊、または、人と守護霊との間を繋ぐ補助霊からさえも、全く見えなく成ってしまいました。

いくら、初詣やご利益巡り、パワースポット巡りをしようとも、高級な霊魂どころか、邪霊が手ぐすね引いて、笑いながら待っているのが現実なのです。

そして、そうした事に全く気付く事も出来ない程に、物質中心主義の考えに染まり、霊的感性を曇らせているのが、現代人と言えます。

このまま、人と神、人と高級な霊魂方は、断絶した状態が続くのでしょうか?

現代は、実在の神との接点が絶たれてしまった時代に入ったと言えます。

それは、現代人が自ら神を拒否し、遠ざけてしまったからと言えるでしょう。

その昔であれば、肉の脳の想像上の神であっても、真剣に祈れば、神の御使いとしての高級な霊魂が御力を与えてくれる事が有った訳ですが...。

まさに、現代人はエデンの園を出てしまったのです。

年を追う毎に、日本でも世界でも不吉な事が増えています。

これは偶然でしょうか? 誰もおかしいとは思わないのでしょうか?

この現状を断ち切るには、やはり強い力が必要です。

それが神伝の法という、神々より降ろされた剣でした。

個人の魂を救う事は言うまでも無く、凡ゆる邪を断ち切り、真の光を見出す、神秘の法。

それが、神伝禊法であり、神伝鎮魂法なのでした。

どうか、皆様一人一人が神伝の法により、神々よりの御力を感得され、その御力により、剣と成って、世の凡ゆる邪を切り、邪を遠ざけ、この闇の世に霊的な光を灯して頂きたいと、切に願います。

- UT

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■■ あ と が き 

「修行とは、カルマという大きな岩を幾つもの小さな岩に砕いて、自分で乗り越える事」

随分前に先輩に伺った、とても印象深いお話だったので、何度かご紹介させて頂いたことがあります。

「カルマは浮かび上がらない様に注意していても、自然に消えてしまうわけでは無く、いつかは頭をもたげて来るそうです。しかも、人生で大切な選択をしなくてはならない場面で浮かび上がる様です。

カルマがそのまま頭をもたげると、誰でもその障害があまりにも大きい為に、大きい岩(カルマ)を乗り越えられない様です。

しかし、修行を重ねていると、カルマを小さく砕いてしまう事が出来るそうです。小さい石ころのような岩(カルマ)ならば、本人の努力でその小さい岩を乗り越える努力さえすれば、乗り越えられるそうです。

大きな岩ならば負けてしまい、同じ過ちを繰り返しますが、小さい岩ならば、幾つも幾つも押し寄せてくる小さい岩を乗り越える努力を本人がするならば、気が付いた時は、大きな岩を乗り越えているそうです。」

大切なのは、諦めず、努力を続けること。続けられるよう願うこと。

どのような時代にも、真実は変わることがなく、そこで、静かに、あなたを待っているかのようです。

では今回は、これにて。

あなたの心に、新しい風が吹きますように、と願って。

また次回、お会いしましょう!

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