◆◇*◆◇*◆◇*◆
霊魂学カフェテリア
◆◇*◆◇*◆◇*◆
January 2019

人間ってほんとは何なの?
私たちの正体って何?
----------------------------

霊魂学カフェテリアへようこそ!

霊魂学の耳より情報を、
新しい風に乗せて、お届けします!

♪ほんの少しの時間、
ひと休みしていってくださいね♪

【目 次】
(1)ごあいさつ
(2)霊魂学を読もう!
(3)霊魂学 de オフロード
(4)Q&A 聞いてみよう
(5)霊魂学徒の考察
(6)もっと探索-ご案内
(7)あとがき

■■ ごあいさつ

「去年今年 貫く棒の 如きもの」
- 高浜虚子

謹賀新年。

皆さまいかがお過ごしでしょうか。

今年の干支は亥・いのしし。

十二支とは、もともと、天体の動きに沿って表された暦、特に植物の成長の過程・様子を捉えるために使われたという説明があり、そういった意味で、十二支の最後となる亥の年は、豊かに実った果実が種子を残し、エネルギーを蓄えて次の収穫期へと向かう準備をするという意味の年だそうです。

終わりではなく始まりへの準備、といえるのですね。

いのししといえば、猛突進のイメージがあるのですが、それは、勇気と冒険の象徴となるそうです。

2019年。亥の年に乗っ取って、新たな収穫期を目指す冒険へと一歩踏み出したいものです。

■■ 霊魂学を読もう! 

◇霊魂学シリーズ、アマゾンにて好評発売中!
→ http://amzn.to/2DX7os6

キンドル版も続々販売中! いつでもどこでもすぐ読める、いろんな機能も使える電子書籍で霊魂学を読もう!

→ https://amzn.to/2NBezHq

「死後の世界で恋をして・愛って」キンドル版登場!

「指導霊」キンドル版登場!

「子供たちのためのスピリチュアルなお話:クリスマス編」

「二本足の霊魂:人間と霊魂の歴史」

「幽体の悲劇:人は幽体と共に生きている」

「龍:霊魂の世界から舞い降りた霊力」

「神体:偉大なる魂の生涯」

「神伝禊法:新時代の霊的トレーニング」

「霊魂研究へのいざない:死後の世界や霊魂について学ぶには」

「死後まで続く幸福のために:霊魂や低い幽気の悪影響を防ぐ」

「ネコの死後はどうなるの?:ニャンコの救世主」

※ 読後感想文、コメント大歓迎!
より多くの方に霊魂学を知って頂きたい、著書をお薦めしたいと思われる方は、是非、アマゾンのカスタマーレビューに投稿してみてください。

アマゾンのアカウントをお持ちの方ならどなたでも参加できます。
著書紹介ページにあるカスタマーレビュー(リンクは星マークの横にある数字)から、「レビューを書く」を選んでください。

→ https://amzn.to/2NEjuI5   (オンデマンド印刷版)
→ https://amzn.to/2NBezHq   (キンドル版)

■■ 霊魂学deオフロード 

このコーナーでは、長年霊魂学を学び、霊的トレーニングを実習されているタニグクさんに、霊的なことに関する様々なトピックについてお話して頂いています。

タニグクさん独自のアプローチと見解は、時に霊魂学の枠を飛び越え、オフロードに乗り出す面白さ。今回も、とっておきのお話をお届けします。
_____________

「南洋幻想」

鹿児島県の最南端にあり、対岸に薩摩富士とも呼ばれる開聞岳を望む岬「長崎鼻」は、浦島太郎が龍宮城へと旅立った地であるとされています。

それでは、浦島太郎が行き着いた龍宮城とは、一体どこにあるのでしょう?

一説には琉球が龍宮であるとも言われていますが、水波霊魂学的に、龍は霊的な生命体であるとされていますので、地上の特定の場所に存在はしていないと考えられます。

皆様お待たせしました!!(誰も待ってないかw)いつものように、ここからは個人的見解です。

古代日本に栄え、富士に封印をし、地上から消滅していった神人文明の方々が龍(おそらく龍の中でも別格!!)であるとしたら、人が富士の神よりの力を受けようとする時、彼等は指導霊団となり働かれるので、いわゆる龍宮城への入り口は神的、霊的アンテナとしての富士にあると思うのです。

その視点からであればヒマラヤに龍宮城があるという伝承も、あながち間違ってはいないのかもしれません。

また、日本の昔話で龍宮城が海の底にあるとされているのは、海の底に沈んでしまったアンテナがあったことを暗示しているのかもしれません。

さて、その浦島太郎が龍宮城で過ごした三百年、また武内宿禰が三百歳の寿命であったとされること等から両者は同一人物であるとの説があります。

おそらく武内宿禰は役職名であったと思われるので、そのような長寿伝説が生まれたと考えています。

水波霊魂学でもヒミコは役職名であり古神道の統率者であったとされていることから、日本が一つの国、「大和」に統一される時にヒミコから武内宿禰と名称を変えその役割を一部引き継いだのではないかとも推測できます。

浦島太郎と吉備国の温羅(ウラ)、武内宿禰の関係も興味深いのですが、割愛させていただきますね。

話がややこしくなりましたが、では、ヒミコ達はどこへ消え去ってしまったのでしょうか?

ある理由から(ソースは明かせませんm(__)m)もしかしたら、ヒミコ達(浦島太郎)は薩摩富士の名にあるよう、富士の神の力を引きつつ、海に沈んだアンテナとは違う方向、琉球弧の島伝いに台湾へと向かったのではと考え、その痕跡を、台湾の手前にある、偶然訪れることになった石垣島で探してみました。

以下次号に続く。

- by タニグク

■■ 霊魂学Q&A 聞いてみよう!

何を信じるのかよりも、どう生きるか、それを大切にする人達が増えている。

しかし、その考えは霊的な成長に逆行する。

どう生きようと、それはその人の自由である。

霊的成長にとって大切なのは、本物の高級霊魂に念を発し、高級霊魂の気を吸収しうるか、あるいは、偽者の高級霊魂に念を発し、邪気を吸収してしまうか、といった点である。

「霊は語る(9)」
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-365.html

「霊について、もっと深く知るには」

Q: このHP(霊をさぐる PC版)では、霊に関していろいろな事を学ぶ事ができます。ですが、霊魂学の初心者対象とあります。

そうなりますと、HPでは開示されず、霊的トレーニングをしている人でないと、教われないような内容もあるのでしょうか。

A: もちろん、あります。

霊の世界には、一般の人が、すぐには信じがたいような事が数多くあります。

そうした事を語るには、それを信じうるかどうかを先に考えなければなりません。

そうしませんと、その他の事に対しても、信憑性が薄れてしまうからです。

科学であれば、誰が実験しても同じ結果が出るわけですから、人間が遠い星に行ける、という説が発表されても、その説を検証すれば、信じることが可能です。

ところが、霊魂に関する学問の場合は、そうではありません。

ある人は、霊魂の実在を完全に信じていますが、また別の人は、あるかもしれない、と考えています。

このHP(霊をさぐる PC版)をご覧の方の中にも、そうしたさまざまな考えの方がいらっしゃると思います。

そうなりますと、完全に信じている人にはすぐに理解できる事柄も、そうでない人には、嘘っぽく感じられてしまいます。

ですから、こうした不特定多数の方を対象とした、インターネットという世界では、すぐにストレートな掲載をするということは、難しいと考えています。

霊魂を信じない人もHPを見ていらっしゃるようですので、勘違いのために誤解を受けたりすることもあると思います。

また、さらに問題なのは、霊魂の世界というものは、共通の体験をすると、そのことが当たり前になって、それを前提とした事柄を語ることがあります。

こうした事柄は、その経験のない方にはなかなか理解できなかったり、信じられなかったりすると思います。

ですから、たとえば「霊的トレーニング」を行なっている方にはすぐに理解できても、そうでない方には信じにくいという事柄もたくさんあります。

ひとつ例をあげますと、人間は自分の普段の意識とは別の意識に影響されることがあります。

これは、理屈では理解できても、現実にはピンと来ない、という方も多いのではないでしょうか。

ところが、「神伝禊法」の合宿研修を経た方は、自分の普段の心以外の意識が自分を動かすことがある、ということを自然に体験します。

そうなりますと、その後は、それを前提とした霊的な学問を学ぶことがよりスムーズにできるようになります。

そうでない人は、どうしても実感がないので、どこまで信じてよいのか分からないのではないかと思います。

そして、自分の中でしっくり来ないのに無理に信じるような気になり、盲目的に鵜呑みにしているだけのような気分になってしまうのではないでしょうか。

そうした気持ちになりますと、結局、そこで足踏みしてしまったり、探求をやめてしまったりして、せっかく知った霊的な学問を身に付けられずに終わってしまうのではないかと思っています。

ですから、やはり霊的に深いところや専門的な部分になりますと、霊的なトレーニングの経験がないと、公開しにくいと思われます。

そうは言いましても、なるべく大勢の人達に霊魂学を知っていただきたいという気持ちに変わりはありません。

可能な範囲で著書やHP(霊をさぐる PC版)などを活用して、霊魂学を広めたいと思っています。

Q: お話はよく分かりました。

でも、そうなりますと、霊的トレーニングをしている人しか深い霊魂学は学べないということになると思います。

それでは、少し大げさかもしれませんが、人類のためにはならないのではないでしょうか。

A: 霊魂学には、それを知らない人には、誤解を生んだり、びっくりしたりするような内容がたくさん含まれています。

ですので、霊的トレーニングを実習していない人には全く信じられないような事柄を、ただインターネットなどに流しましても、世間から酷評されて、結局消されてしまうと思えます。

また、残念ながら、こうしたものは、「求めよ、さらば与えられん」という言葉があるように、その人の自由意志がそれを希望して得られるもののように聞いています。

求めもしないのに、おせっかいに押し付けられるのでは、強要になってしまいます。

人には自由がありますので、その自由を行使して求めれば、いつでも「霊的トレーニング」をすることができ、その結果、深い霊魂学を知ることもできます。

したがいまして、皆さんが積極的に求められること、それが最善の方法なのだと思います。

「霊について、もっと深く知るには」霊をさぐる(携帯版)より
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-101.html

■■ 霊魂学徒の考察

日常の、身近なものや出来事、諸々を、霊魂学徒の視線から考えます。
_____________

『初めの月』

一月は初めの月。

誰しもが、正月は特別な日として、この日くらいは、普段、食べないようなご馳走を用意したりします。

「一」という数字は全ての始まりで、凡ゆる可能性を秘めていると言えます。

だからこそ、一年の始まりに、抱負を語ったり、決意を新たにすると言えるでしょう。

そして、良い一年を過ごせるように、新たな一歩を踏み出すのだと言えます。

自身の人生を作り上げるのは、その一歩の積み重ねであって、怠ければ、また方向性を誤った努力をすれば、成功を勝ち取る事も、目的を成し遂げる事も出来ないと言えます。

しかし、何故か、この月に成ると、民族大移動というか、大変な数の人達が、普段は行く事の無い、有名な神社仏閣に殺到し、想い想いの願いを掛けていきます。

もちろん、純粋に他者の幸せを祈ったり、神に、自身の努力や決意を表明し、誓う方もいらっしゃる事でしょう。

危険なお仕事をされる方なら、その安全を祈るのは自然な事だと言えます。

それとは、逆に、自身の努力は棚に上げ、虫の良い事ばかりを願い、それでいて、神の存在は半信半疑で、願いが叶わなければ、神を冒涜する人も居ます。

値段の高い、お札や縁起物を買っては「これだけ高いのを買ったんだから、ちゃんと効果は有るんだろうな!」と聖職者に暴言を吐く人も居ます。

境内の中を、ものを食べながら歩き、それを平気で捨てていく人も居れば、なかには、殴り合いの喧嘩を始める人、お賽銭を盗む人と、様々な人達が出入りします。

このような状況で、はたして、自身が神様の立場だったら、そこに居たいでしょうか?仏の顔も三度まで、じゃないですが、業を煮やして、神様は天に帰られても、何の不思議も無いでしょう。

その昔、隣人愛を説いたと言われるイエス師は、神殿の有る境内で、商売をする人達に、机をひっくり返し、激しく怒ったという記述が聖書に有ります。

それくらいに、本来、聖地は汚してはならない大事な場所なのです。

しかし聖職者達は、そうした不謹慎な人達に、参拝のマナーや心得について、注意したり、啓蒙したりする事は全く有りません。

寧ろ「お客様は神様です」という姿勢で、世間一般のサービス業と、全く同じ感覚で居るのです。

だから、お客さんは何をしても良い。神よりお客が大切だという考えなのです。

そして、何よりも大切なのは、お金をたくさん出してくれる人のようです。

高額奉納者でも居れば、奥の間へお通しして、たくさんのお酒と海の幸、山の幸で、接待尽くしと成ります。

そして、接待と称しては、昼間から泥酔して、管を巻く聖職者もいます。

結局、聖職者自身が神の存在、高貴な存在を全く信じていないので、初詣は、現代のような、ただの形式的な年中行事の一つでしか、なくなってしまったのでしょう。

ご利益を大きく看板に書いて、お金を集める事にしか興味が無いようでは、無宗教と言われる今の日本の人達の心を変化させる事は出来ないでしょう。

こだわりのラーメン屋のように、マナーの悪い客は、お金も取らず、さっさと帰す、頑固オヤジのような聖職者は居ないのでしょうか?

隣人愛を説いたイエス師でさえ、神を冒涜する者に対しては、激しく怒ったのですから...。

大きな宗教施設であれば、あるほど、その維持管理には、多額のお金が必要です。

聖職者や、その他、職員を雇っていれば、人件費も掛かります。

とは言え、神や仏といった高貴な存在に仕えるという人達は、一番大切なものは何か?絶対に譲ってはいけないものは何か?

そうした事は、見失わないで欲しいものだと願います。

昔々、日本には、高貴な霊的文明が有りました。

殆どの日本人が神を讃え、神の為に集まり、修行や儀式を行い、他国の何処にも無いほど、高貴な存在の高く強い力が降りていたのです。

それは、凡ゆる人、凡ゆる存在にとっての真の救いの力でした。

しかし、現代では、そうした力は消失し、形骸しか残っていないと言えます。

本来、神社仏閣は、神聖な場所に安置された、ご神体や仏像を霊的アンテナとして、高貴な力が降りていなければなりませんが、パワースポットと言われながら、高貴な力が降りている神社仏閣は何処にも有りません。

神々よりの高く強い力を引き継ぐ人が居なく成ったからと言えます。

現代の聖職者では、神や霊魂の存在さえ信じていないので、そうした神々よりの力を引き継ぐ事は全く不可能です。

もし、引き継いでいたなら、現代のような物質至上主義で、邪霊達が我がもの顔で跋扈する世の中には成っていなかったでしょう。

そうした時、神々は、地上に「神伝の法」と言われる、救いの法を示されました。

それが「神伝禊法(しんでんみそぎほう)」であり「神伝鎮魂法(しんでんちんこんほう)」と言えます。

それこそが、日本の古代の霊的文明で行われ、現代に蘇った、神々よりの高く強い力を降ろす為の霊的技法と言えます。

一月は年の始め。始まりは、いろいろな可能性が残されています。終わりが近づく程、出来る事、選択肢は限られてきます。

何事もゼロからでは何も生まれません。勇気のある一歩から、何かが分かるし、何かが生まれると言えます。

多くの方に「神伝の法」を体験して頂きたいと願います。

是非、これを機に、新たな一歩を踏み出してください!

- UT

■■ もっと探索・リンク・入会ご案内

◇ 水波霊魂学 - 霊を知って人を知る
霊魂学関連HP・ブログ・動画などを一堂に集めたページです!
メルマガ・バックナンバーも掲載中。
→ http://kouhou-keizankan.jp/

◆ 水波霊魂学が案内する霊魂研究への旅
→ URL:http://reikonkenkyu.hatenablog.jp

◇ 霊魂学と修行の会・契山館-入会ご案内
→ http://reikon.lar.jp/index.php?nyukai

■■ あ と が き 

お正月も十日ほどになりますと、皆さま既に新年のあれこれを済まされ、日常に戻りつつある頃ではないかと思います。

過ぎてみれば元旦という節目も、冒頭の句に詠まれているように、途切れることのない時の流れの一点に過ぎず、その点自体、何ら特別なものではないと思えるのかもしれません。

時間そのものは、何の特徴もない、単調な流れのようなものですが、人それぞれの思いや意志、選択が、そこに色々な現象を生み出していくのですね。

過去を振り返ると、あの日、あの時が分岐点だった、大切な選択をした時だったと感じることがあります。悔やまれることも幾度となくあるのですが、現実を受け入れ、誠実に反省という行為を繰り返すことで、それはきっとこれからの力となるはずです。

霊的修行者にとって、道はこの先、更に険しく困難になっていくのかもしれません。

けれども、地上で頑張る後輩たちに力を注いでくださる守護霊・指導霊という特別な存在を思い、憧れ、連なりたいと願って歩んでいく時、今日という一日は、単なる一点ではなく、明日への足掛かり、特別な日となるのではないでしょうか。

この年が、霊魂学にとって、そして皆さまにとって、実り多き年となりますように!

では今回は、これにて。

あなたの心に、新しい風が吹きますように、と願って。

また次回、お会いしましょう!

============
メールマガジン
「霊魂学カフェテリア」
発行者:契山館広報部

※ ご意見・ご感想・お問い合わせ、お待ちしております。
→ news@kouhou-keizankan.jp