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霊魂学カフェテリア
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May 2019

人間ってほんとは何なの?
私たちの正体って何?
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霊魂学カフェテリアへようこそ!

霊魂学の耳より情報を、
新しい風に乗せて、お届けします!

♪ほんの少しの時間、
ひと休みしていってくださいね♪

【目 次】
(1)ごあいさつ
(2)霊魂学を読もう!
(3)スピリチャット
(4)Q&A 聞いてみよう
(5)霊魂学徒の考察
(6)もっと探索-ご案内
(7)あとがき

■■ ごあいさつ

しっちゃかめっちゃかの5月。

みなさまいかがお過ごしでしょうか。

「しっちゃかめっちゃか」なんて不謹慎な表現ですね。

新たな年号の幕開けに、最大連休が重なり、
国民は、ハチの巣をつついたような状態で・・・

と、これも不謹慎な表現ですね。

かくいう自分自身が、しっちゃかめっちゃか、なのかもしれません。

といっても、気持ちが高揚している理由は、新刊発売のニュース。

また一冊、新たな霊魂学教科書が生まれました!

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霊的なことに興味を持った方が、最初に疑問に思う数々の事柄を、Q&Aの形で、わかりやすく説明していきます。

質問自体が目次にもなっていますので、興味のある項目から選んで、どんどん答えを見つけてくださいね!

読後感想・レビューも、よろしくお願いします。

 

◇ 今月の一節・ピックアップ

霊魂学シリーズと呼ばせて頂きます、水波一郎師の著書から、心に留まった一節を抜粋・掲載させていただきます。

さあ、どのタイトルからの抜粋でしょう?(答えはコーナー最後にあります)

--*--*--*--

「霊魂が話をつづけました。

『大切なのは、あくまでも幽体の成長です。

こちらの世界で言えば、ずっと病気の人は、病院のベッドから出られません。

それでは、山に行きたいとか、海を見たいとか言っても、行けません。

それと同じなのです。 

身体が健全でないと、自分の行きたい所へは行けない、という事なのです。

ですから、幽体を健全にすれば良いのですが、その為には食事です。

肉体は食事で大きくなりました。

食べないと壊れます。

という事は、幽体の食事を摂れば良いのです。』」

--*--*--*--

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※ 読後感想文、コメント大歓迎!

より多くの方に霊魂学を知って頂きたい、著書をお薦めしたいと思われる方は、是非、アマゾンのカスタマーレビューに投稿してみてください。

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*今月の一節は、「ネコの死後はどうなるの?- ニャンコの救世主」第七章よりの抜粋でした*

■■ スピリチャット・霊的修行者の目 

最近は、エコを意識される方が増えてきました。

先日も、とあるショップで、お会計をすませた女性が、

「袋はいりません、環境を守らなきゃね、子供のために。」

と仰っているのを耳にしました。

そっか・・・

自分の生涯、あと数十年のことだけなら、袋を節約しても、たいして変化はないかもしれないけれど、

子供たち、そのまた子供たち・・・のことを考えるなら、

この先、何十年、何百年と過ぎたときに、

地球の環境はどうなっているんだろう?

そういう思いも、現実味をおびるんだな、と思いました。

袋一枚の影響は限りなく小さく、

それが本当に環境を守ることになるとしても、軽んじてしまいがちです。

その限りなく小さな影響を、親身に考えることができたなら、

未来は、本当に変わっていくのかもしれません。

 

その昔、それが、どれほどの昔なのかはわかりませんが、

人々は、日々の暮らしと、より豊かな未来のためにと心を奪われ、

目覚めて神に祈ることを忘れてしまうようになったのかもしれません。

高貴な存在に思いを寄せ、

今日一日、みんなが無事でありますよう、

お互いを大切にできますよう、

神の道から逸れませんように助けてくださいと、

力を求めることをしなくなったのかもしれません。

そして、その限りなく小さな一日の影響が、

何年、何十年と続き、

今、私達が暮らす地球の霊的環境が作られたのです。

そして、今、私達自身が、未来の霊的環境を、作り続けているのです。

一日一日の積み重ね、

ひとりひとりの積み重ね、

目に見えなくても、感じることができなくても、

それは確実に、

未来の霊的環境を作り続けているのです。

一回の禊

一回の鎮魂

一回の祈り

ひとしずくが、尊く高貴な力によって引き寄せられ、

川となって地を潤し、

大海となって地を繋ぎますように。

 

 - こさんば

■■ 霊魂学Q&A 聞いてみよう!

何を信じるのかよりも、どう生きるか、それを大切にする人達が増えている。

しかし、その考えは霊的な成長に逆行する。

どう生きようと、それはその人の自由である。

霊的成長にとって大切なのは、本物の高級霊魂に念を発し、高級霊魂の気を吸収しうるか、あるいは、偽者の高級霊魂に念を発し、邪気を吸収してしまうか、といった点である。

「霊は語る(9)」
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-365.html

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Q: 霊魂としての成長は、意識の成長と比例していますか

高級を超えた、高貴な霊魂方の意識について、物質の世界の人間が、何かを発言することなど、とても出来ることではありません。

まさに「次元が違う」としか言いようのない存在だからです。

そうした方々の意識を、愛が深いとか、心が綺麗だとか、その他、類似する言葉で表わすことは不可能です。

物質の脳を使用する私達には理解できないものなのです。

ですが、私達は霊的トレーニングを実習する事により、その一端を微かに感じる事があります。

それは、霊的トレーニングにより『霊体オーラ』が成長し始めるからです。

霊魂学によれば、人間の霊魂はとてつもなく巨大です。

肉体の脳を使用している意識は、霊魂という巨大な意識のほんの一部にすぎないのです。

また、霊魂学によれば、幽体は肉体とは別に、独自の意識を持っています。

霊体も同様なのです。

更に、人間はそうした意識とは別の意識をも持っています。

それらの集合体が、人間の霊魂だと言うのです。

私達が肉体の脳だけで考えてみても、とうてい分かることではありません。

その巨大な意識は、今回の人生で肉体の脳を使用しています。

ですから、人間は自分の本当の姿が分からないのです。

巨大な意識の集合体である人間という存在は、霊的なトレーニングによって、高貴な霊魂の意識の一端と感応する事ができるようになるのです。

霊的トレーニングの研修に参加された方々の中には、言葉では説明できない、独特の感覚を経験された方も多いはずです。

これだけは、体験しなければ決して分からない、ある種、言葉では表現できない感覚なのです。

霊的トレーニングも上の伝に登るにしたがい、呼吸一つにも偉大な力を感じたりするものなのです。

高貴だとしか言いようのない、そうした存在は、当然、霊的身体も、意識も、高貴です。

その高貴さを言葉で表現する事はできませんが、たとえば、愛、そのような一言では片付けられない重みを持っているという事だけは、間違いないと感じられるのです。                       

監修者に質問しました。

霊魂としての成長は、意識の成長と比例していますか、と。

監修者によりますと、

「どの意識の成長かによる」

「表面意識は肉体の脳に縛られている。幽体は肉体と重なっている為に、本来の活力を表現できないでいる」

「ところが、死後、表面の意識が幽体を使用する事になると、幽体本来の活力が戻るので、その意識は肉体の時とは比べ物にならないほど自由になる」

「ここで本来の力が発揮される」

「自由になって活力が戻ると、行動も広く大きくなる。愛の心が強い人は更に強くなるし、逆の人は逆になる」

「そうした時、地上時代に無理に自分に利他愛を強いていた人達は、一気に反動が出る」

「つまり、幽体は本能そのものとも言えるような身体なのであって、今まで我慢していた気持ちが噴出するのである」

「その結果、暴力を抑えていた人は暴力的になるし、自分中心で生きたかったのに我慢していた人は極端に自分を大事にしてしまう」

「たとえれば、普段、理性がある人が飲酒などで理性を失うと、人格が一変してしまうのと同じ事が起きるのである」

「幽体は本当の気持ちがそのまま出てしまう」

「地上では、自分を隠したり、無理に頑張ったりしていても、幽体を表面の身体にすると、そうも行かなくなるのである」

「つまり、倫理や宗教道徳で自分を抑えていた人ほど、本性がむき出しになってしまうのである」

「地上の世界では、教えによって善なる行為を行なえば、それは、一つの結果を生む。地上では一定の価値がある」

「しかしながら、幽体の存在になると、そうはならない」

「取りあえず、欲しいものは何でも手に入るような世界なので、そうした意味での援助は要らない」

「善なる行為はほとんど価値を生まない」

「むしろ、その人の持っている心の本質がそのまま現れてしまうので、逆に、心の成長が足りない人、と言われてしまうのである」

「実に、行為ではなく、心の本質が問われるのである」

「霊的トレーニングによって、幽体の性質が高い霊魂は、意識の全体としての向上を得ている」

「つまり、地上時代から潜在している意識をも向上させていた」

「その為に、幽体の力が更に上がる」

「表面の意識に多少の未熟さがあっても、幽体は無意識の意識からの衝動をも表現する身体なので、幽体の意識は向上しやすくなるのである」

「意識の奥が進歩していたからである」

「幽体の力が上がると、そのオーラは更に上の力を呼び得るので、幽体の意識はより進歩した霊魂の想念を受ける事になる」

「その結果、その心情は徐々に高級化する。幽体は心理に影響を受けやすい身体なので、その身体も益々高級化する」

「時を経ると、霊的トレーニングの実習者は、地上の人間から見ると、まるで天使のようになるのである」

「地上の人間にとって大切なのは、やせ我慢ではなく、自分の未熟さを知る事なのである」

「それを知る事により、それと戦おうとせず、教育する事を学べば良いのである」

「怒ってはいけないと言われて、我慢し続けるのが心の進歩ではない」

「そんな自分の心を分析し、どう対処すべきかを考え、自分に合った向上を考える事が大切なのである」

「時には、怒る自分もいるし、離婚に至る自分もいる」

「しかし、霊魂学はそんな人を低いとは言わない。未熟だとも言わない」

「それらは人間としての成長過程における経験の一つであり、自由な人生の選択の結果の一つでしかないのである」

「問題なのは、それを新たなる霊的進歩の為のステップにできるかどうかなのである」

「地上的な人格者になる必要はない。普通の人で充分である」

「愛は大事である。利他愛も良い事である」

「しかし、真に大事なのは、それを本心から表現できている事なのであって、偽善的になる事ではない」

「愛しましょう、と言われて、愛しているつもりになることではなく、利他愛を実践すれば、死後、上の世界に行けるから善を行なうのでもなく、心の中では愛が溢れていても、ほんの少しの利己心を自分に感じ、自分を愛の人だと言えない人、そうした人こそが、霊的進歩に至りやすい人なのである」

「地上にいても、高級な霊魂と交流すれば、徐々に意識の奥が影響を受けるので、自然に愛の心情が生まれてくる」

「しかし、その未熟さに悩み、人間としての経験不足から人格の低さを感じる」

「それこそが、第一歩なのである」

「その後、進歩向上しても、高慢にならず、未熟さを売り物にする、と陰口を言われるくらいでちょうど良いのである」

「自分は利他愛を実践しているから、死後、上の世界に行ける、などと自分で言える人は謙虚さがない人である」

「また、自分は愛が深いので高級霊魂から力を得ている、と言うような人は、自分の心を真剣に見つめたことのない人である」

「自分の未熟さを常に冷静に見つめ、進歩した部分をも知りつつ、高慢になろうとする自分を教育しなければならない」

「それは、霊的修行者でなくても、誰であっても、同じである」  

との事でした。
(「たましいの語録 会話の章 4~8」参照)

霊魂の世界では、意識の高い方ほど、概ね上の世界にいらっしゃる、と言っても間違いはないようです。

そのような方々と交流することは、やはり、霊魂としての人間の喜びなのだと思います。

「高貴な霊魂方の意識」 霊をさぐる(携帯版)より
http://reisagu.blog.fc2.com/blog-entry-313.html

 

■■ 霊魂学徒の考察

日常の、身近なものや出来事、諸々を、霊魂学徒の視線から考えます。
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『下弦の月』

ある日、夜空を見上げると下弦の月が静かに輝いていました。

古代の人は、月の満ち欠けについて、どのように捉えていたのでしょうか?

理屈は、分からずとも、本当に月が欠けていると思っていたのかも知れません。

でも月が満ちても欠けても、困る事は無いし、寧ろ、満ち欠けを利用して暦を作り、日々の生活に役立てていたと言えるでしょう。

そして現代人は、小学生でも月は常に丸い事を知っています。

故に地上の人間が、どのように捉え、どのように考えていようとも、真実は常に一つで、変わる事は無いと言えます。

しかしながら、地上の真実と霊的な真実は、その根本から異なっています。

禅問答のように成ってしまうかも知れませんが、霊的な真実は分かったと思ったら、実は何も分かってはいないのでしょう。

何も分からないと思い、更なる一歩を踏み出す人こそ、魂の深い部分では、真実の一端をつかんでいるのかも知れません。

人には、好奇心、真実を知りたい、真実に向かいたいという本性が有ると言えます。

しかし現代人は、真実が形で表され、理論で証明出来るもの以外は認めなく成ってしまいました。

もしくは、甘い言葉にしか振り向く事がありません。

そして、殆どの人が、無神論者、唯物論者と成り、もしくは、ご利益や超能力、霊能力を求めます。

肉体の脳による判断・理解は、物欲を満たす事、人とは違う特殊能力を身に付けて、虚栄心を満たすといった事にしか向いていきません。

けれども、物質を超えた霊的な真実は、幽体の脳、霊体の脳によらなければ、その真実の一端さえも知る事は出来なかったのです。

よって月の満ち欠けの理由を知る必要は無かったのです。

何も知らない古代人の方が、現代人よりも遥かに霊的には高貴だったからと言えます。

ただ、何も知らずとも、何も分からずとも、神伝の法(霊的修行法)を行なっていたからです。

そうすれば、表面の意識では何も分からずとも、魂の深い部分では、高貴な何かの一端を掴んでいるかも知れないのです。

大切なのは、直感で判断し、現実を、そのまま受け入れる事。

もしブッダやキリストのような歴史的達人が現れて、

「この霊的技法を行いなさい」と言われたなら、

理屈など言わず、素直に受け入れる。

それが最も霊的な真実に近い姿と言えるでしょう。

ただ、ひたすら達人の指示に従っていれば、それで良かったのです。

そこに自我の入る余地は無かったのです。

達人の言葉を信じ、達人の言葉に身を委ね、実行していれば、気づけば光輝く世界に連れて行ってくださるのです。

霊的な真実は、人の肉の脳の想像を超えています。

この世の常識とは正反対かも知れません。180度、異なっているかも知れません。

そして、その全てを知る事は出来ません。

でも、それで良いのです。

近年の研究で、月の地下には大量の水が存在すると言われます。そうした事は、知識欲を満たす事は出来ますが、実生活には、何の関係も有りません。

勿論、知識が増えても、人の霊的な進歩向上には、何の関係も有りません。

凡ゆる宗教や神秘団体の経典・聖典を紐解いて、中身を暗記したところで、霊的に進歩・向上を図る事は全く出来ません。

今、私達にとって必要な事を知り、あとは、神伝の法(霊的修行法)の実践・実行こそが、最も大切なのです。

無学文盲で有ったとしても、歴史的な達人の言葉を素直に信じ、その御言葉の通りに実践・実行出来る人こそが、霊的な真実に、高貴なる存在に、最も近い人だと言えるでしょう。

- UT

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■■ あ と が き 

ここまでメルマガをお読み頂き、ありがとうございます。

毎月、メルマガ編集が仕上がる頃になると、

今、霊的修行者が置かれている立場、

今、何を考え、何をするべきなのか、

そういったテーマが、漠然と感じられることがあります。

会員は、毎月、契山館本部が発行される会報を受け取ることができるのですが、

そこには、その時に会員ひとりひとりが、一番必要としていること、

それに気づくヒントが、書かれているように思うのです。

そして、メルマガに投稿される記事やコメントなどにも、

そういったテーマが反映されているように感じることが、よくあります。

契山館は、高貴な霊魂方の力を受けています。

ですから、人間の頭脳では想像もできない、とんでもないことが、常に起きているのだろうと思うのです。

私達は、そのメッセージを貪欲に求め、耳をダンボにして聞き、素直に感じ、反応することで、霊的成長に向かうことができるのでしょう。

では今回は、これにて。

あなたの心に、新しい風が吹きますように、と願って。

また次回、お会いしましょう!

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